2024.11.21 NEW
シニア世代とデジタルの“現在地” 「使いやすさ」の視点が不足?NRIシニア世代調査から
レストランではスマートフォン(以下スマホ)やタブレットを使ったオーダーが当たり前になり、公的な手続きにもマイナンバーカードが使えるなど、日常生活のデジタル化が急速に進行しています。他方、デジタルツールを使いこなせないことで生まれる「デジタルデバイド(情報格差)」の存在も社会的な課題です。シニア世代はどのようにデジタルを活用しているのでしょうか。シニアとデジタルの“現在地”を、シニア世代に詳しい野村総合研究所(NRI)シニアチーフコンサルタントの小松隆さんに聞きました。
スマホ保有率は70代後半で8割超え
- シニア世代はデジタル化をどう捉えているのでしょうか。
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小松隆さん(以下、同)
一般的にシニア世代はデジタルが苦手と捉えられがちですが、一概にそうだとは言いきれません。NRIのグループ会社であるNRI社会情報システムでは「シルニアス(SIRNIORS)」というシニア世代のリサーチパネルサービスを行っています。全国の60代~80代の545人のモニターに対し、社会のデジタル化に対してどう感じているかという意識調査を行ったところ、「非常に期待している」という人が10%、「多少期待している」という人が37%おり、合わせて47%が「期待している」と回答しました。これは全体の約半数に当たります。デジタルは苦手だとしても、デジタル化という社会の方向性には期待している人が多いと捉えられます。
一方で、「あまり期待していない」という人は33.8%、「全く期待していない」が7.2%おり、「期待していない」と回答した人も合わせて41%、「分からない」が11.9%という結果でした。「期待している」層が「期待していない」層を上回っているものの、シニア世代のデジタルに対する向き合い方は二極化していることがうかがえます。
同じ対象者にスマホを持っているか聞いたところ、70代前半のスマホ保有率は男性93%、女性90.2%、70歳代後半では男性82.1%、女性79.5%とおよそ8割が保有していることが分かりました。シニアが使いやすいようなスマホの開発も進み、高齢になってもスマホを持つことはごく一般的になっているようです。
(出所)NRI社会情報システムSIRNIORSコラム「シニア世代のスマホ利用リテラシー(1)」
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国は「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化」を掲げ、デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会を目指し、さまざまな施策を行っています。3G通信の終了や格安スマホの普及に加え、スマホ購入を支援する自治体の補助金制度などにより、シニア世代にもスマホがかなり普及してきました。
スマホで予約手続きができるのは約4割
- スマホ保有率があがり、シニア世代もデジタルの恩恵を受けられているのでしょうか
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いいえ、スマホを保有しているからといって、デジタルデバイドが解消されているとは言えません。スマホを使うことによって、どれだけ生活が便利になったか、どれだけ人とのつながりを持てているかといったことがデジタル社会の指標になるからです。
今回、スマホを保有しているモニターを対象に「あなたはスマホを利用してインターネットから必要な情報を収集することができますか?」という質問をしたところ、「情報を入手できる自信がある」「ある程度できる自信がある」という二つの回答を合わせても56%でした。
さらに、「スマホを利用して予約手続きを行うことができますか?」と質問を掘り下げると、「自信がある」は13.9%、「ある程度自信がある」は28.3%と、合わせて42.1%にとどまっています。こうしたスマホの活用度は年齢とともに下がる傾向にあります。
キャッシュレスを使いこなす層はおよそ1/4
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買い物等の支払いのキャッシュレス化もシニア層には十分に浸透しているとは言えません。調査では、「ほとんどキャッシュレス決済にして、現金は使わないようにしている」「現金よりもキャッシュレス決済の利用頻度が高い」と回答した人が合計26.2%でした。
一方で、「キャッシュレス決済も時々利用するが、現金の利用頻度が高い」「キャッシュレス決済を利用したいが、ほとんど利用できていない」「キャッシュレス決済を利用するつもりはない」と、消極的な回答は全体の73.9%に上り、まだまだ現金による支払いがメインであることが分かりました。
出所)NRI社会情報システムSIRNIORSコラム「シニア世代のデジタル活動」
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一方で、家計に余裕があるシニアほど、スマホの活用スキルに長けているという傾向も見られました。家計の状態が「余裕があり将来の心配がない」と回答した人は、スマホを使った情報収集について、「できる自信がある」が41.9%、「ある程度できる自信がある」が29%、合わせて70.9%にも上りました。この割合は、家計の状況が厳しくなると減少していきます。シニア世代は家計に余裕がある人ほど、スマホを利用して生活を向上させていることがうかがえます。
(出所)NRI社会情報システムSIRNIORSコラム「シニア世代のスマホ利用リテラシー(2)」
デジタルに自信がある人ほど活動が活発に
- デジタルとの親和性を上げることはウェルビーイングにも影響がありますか。
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デジタルは当然ながら手段なので、デジタルを使うこと=ウェルビーイングの向上ではありません。ただ、デジタルを活用することで、自分の健康管理ができるようになったり、遠くにいる人とのつながりが持てたり、旅行の予約が簡単にできるようになったりという効果は期待できます。その先にウェルビーイングの向上があるのは間違いないでしょう。
また、デジタルを使うことで、行政や金融機関の手続きなどもわざわざ出向かなくてもできるようになります。生活の利便性が上がるという観点では、シニアにとってデジタルは社会との接点を増やすツールであると考えられます。人と繋がる、社会と繋がるということにおいて、デジタルは年齢に関係なく有効なツールです。
実際にスマホのスキルに自信がある人ほど、旅行や趣味などの活動が活発になることが分かっています。スマホを利用して「情報を入手できる自信がある」と回答した人に、国内観光旅行について聞いたところ、「出かける予定がある」「出かけたいと思っている」と回答した人が79.6%に上りました。この割合は、スマホ利用スキルの自信が低下するとともに低くなっていきます。最近では、交通機関の予約やチケットの入手などもデジタル化が進んでいるので、スマホ利用に自信があるほうが行動範囲を広げられるのでしょう。
(出所)NRI社会情報システムSIRNIORSコラム「シニア世代のスマホ利用リテラシー(3)」
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ただ、必ずしも情報収集や予約などの活用ができなくても、スマホをシンプルにコミュニケーションツールとして使うだけでも日常生活のQOL(生活の質)は上がります。私の義父は94歳ですが、スマホを使って連絡を取ることができ、安否確認ができています。コミュニケーションアプリ「LINE」のような簡単なツールでも、離れている家族や周囲の協力者とつながることが安心感を生み、結果的にシニア世代の幸福度を上げることにつながると考えられます。
「使いやすさ」の視点がまだ不足
- 社会のデジタル化のスピードは速く、現役世代でもデジタル化に対応するための努力が必要になっています。こうした急速な変化にシニア世代はどう向き合えばいいのでしょうか。
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そうですね。今スマホを活用できていれば、5、10年後も使いこなせるかというと、そこにはやや課題もあります。社会のデジタル化のスピードは速いので、技術力が上がることでより複雑なアプリが開発されると、果たしてどのくらいの人がそれを使いこなせるでしょうか。
使い慣れたスマホのアプリであっても、バージョンアップによってデザインや入力方法などのUI(ユーザーインターフェース)が大きく変更になり、アプリの使用を断念するというケースも起きるでしょう。企業や行政ではデジタル化に力を入れるのは良いのですが、UIやUX(ユーザーエクスペリエンス)といった、「使いやすさ」の視点がまだ不足していると感じます。
シニア世代のスマホの保有率が上がる一方で、どんどん機能が高度化し、複雑化していくと、今以上にデジタルが使えない状況になる可能性もあります。だから、開発側も徹底的に利用者目線に立ったサービスの開発を進める必要があります。今後、デジタル化を進める上での大きな課題となると考えています。
私は、デジタルが誰にとっても特別なものでなく、社会に優しく浸透している状態を目指すべきだと考えています。そのために、社会のデジタル化がシニア一人ひとりのウェルビーイングの向上をいかにもたらすか、というテーマで発信を続けたいと思っています。
(注)図表はいずれも2023年1月、シルニアス(SIRNIORS)モニターを利用し、全国の60代から80代の男女、545人を対象に郵送調査を行い、社会のデジタル化に対するシニア世代の意識・行動を分析
(注)図表のカッコ内の数字は回答者の実数
- 野村総合研究所 社会システムコンサルティング部 シニアチーフコンサルタント
小松隆(こまつたかし) - 1989年野村総合研究所入社、2018年より5年間NRI社会情報システムの代表取締役社長をつとめたのち現職。シニア世代の社会参画×地方創生×デジタル活用の事業領域を中心に調査研究や新規事業支援を行う。ウェルビーイング、デジタルデバイド、介護予防など、超高齢社会における多様な社会課題分野においてソーシャルイノベーションの創出を目指している。論文寄稿や登壇多数。