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2020.03.05 NEW

ビジネスリーダーが「東洋思想」に注目する理由―世界はいま“文明の大転換期”にある

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技術発達や経済環境の変化にともなって、人々の生活や価値観が刷新されつつある現代。「大企業にいれば将来安泰」「あたりまえにやっていれば必ず出世できる」という時代ではなくなり、ビジネスパーソンには、「いかに変化に対応していくか」といったことが強く求められている。

それを実現するためのマインドセットとして、近年世界のビジネスリーダー達の注目を集めているのが「東洋思想」だ

例えば、シリコンバレー発のトップ企業が、仏教の瞑想法をルーツとする「マインドフルネス」を取り入れていることは有名な話。一流ビジネス人材を輩出し続けるハーバード大学でも、東洋思想の講義が絶大な人気を博しているという。

しかし、東洋思想にルーツをもっているはずである私たちでも、「そもそもなぜ今、東洋思想が求められているのか?」「ビジネスにどう役立てられるのか?」といった疑問を持っている人が多いのではないだろうか。

それに答えてくれるのが、本書『なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか』(文響社)である。

現代は“大転換期”――「将来安泰」がなくなった理由とは

現代は「大転換期」である――。それが本書の出発点となる主張だ。しかし、一体どのような「転換」が生じているというのだろうか? まずは、この前提について簡単に確認しておこう。

著者によれば、社会に周期的な変化をもたらすものとして、「経済のサイクル」と「文明のサイクル」の2つのサイクルがあるのだという。詳しくは本書に譲るが、経済は30~50年のサイクルで「成長」「安定」「転換」という3つのフェーズを繰り返し、もう一方の文明は150~200年のサイクルで新しいものへと移り変わっていくといわれている。

そして、周期の異なる経済と文明の2つのサイクルが同時に「転換」を迎えているのが、この現代という時代なのだ。

ことビジネスにおいて、経済の「転換」が重要であることは論を待たない。しかし、文明の「転換」がもたらす影響はそれよりもスケールが大きいのだという。なぜなら、文明は人々の思考の源泉である価値観そのものを形成するからだ。それが「転換」するということは、従来とは異なる価値観が求められるということだろう。

私たちが生きる現代社会を形作ってきた、産業革命に端を発する近代西洋思想に基づく文明。それが今、大きく揺らぎ始めている中で著者が感じているのが「近代西洋思想的な発想」から「東洋思想的な発想」への移行なのだという。

具体的にどのような事象が挙げられるのか。著者は今世の中で起こっている変化を7つのパラダイムシフトとして紐解いていく。

「機械・西洋」から「人間・東洋」へのパラダイムシフト

7つのパラダイムシフトの1つとして、本書に取り上げられているのが、「機械的数字論」から「人間的生命論」への移行である。この例をもとに西洋思想と東洋思想の違いをみていこう。

「機械的数字論」とは、数字や科学といった“客観性”を絶対的基準とする価値観のことで、前の時代である中世のヨーロッパ社会を支配していた「神の思し召し」を絶対とする不条理さを乗り越えるようにして形作られた。

しかし、現代人にとって「当たり前」とも感じられるこの価値観は、突き詰めていった先に問題をはらんでいる。

「機械的数字論」の根底にあるのは、効率性を徹底すればするほど、生産性や業績といった数字がよくなるという考え方。つまり、この価値観に基づくなら、企業は「1日1万円で働く人」より「1日500円で働く人」を選ぶこと、「1日8時間働く人」より「1日15時間働く人」を選ぶことが「正しい」ことになるのだ。

そうやって“客観性の権化”ともいうべき数字で、人間を機械的に評価した結果、日本では「ブラック企業問題」「過労死問題」、世界では特にアジアやアフリカ諸国で、多くの人が不当かつ過酷な労働を強いられることになったのである。

そのような弊害が露呈し、近代西洋思想的な価値観が行き詰まりの様相を見せる中で、次にそれに代わるものとして人々が求めたのが「もっと人間的に生きる」「もっと楽しく生きる」という価値観なのだと著者は説く。

「持続可能な開発目標(SDGs)」の17の目標の1つに「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」という概念が掲げられているのも、そうした潮流のあらわれとしてみてとれるだろう。

そして、「人間らしさ」といった価値観を求める時代の流れと共振し、いま揺り戻しのように見直されているのが「東洋思想」であるというのが著者の主張だ。

著者は中国の春秋時代の思想家であり、道教の祖である老子の次の言葉を紹介している(p.65)。

【原文】
是を以て聖人無為の事に処り、不言の教を行う。万物作りて辞せず。生じて有せず。為して恃まず。功成りて居らず。夫れ唯居らず。是を以て去らず。

著者が現代的な文脈で訳した「超訳」は次の通り。

【超訳】
世間の価値観に囚われることなく、世間的な成功に執着することなく、自分の好きなことだけを追求しなさい。そうすれば、アグレッシブに事に向かう意欲が枯渇することはなく、楽しく生きていける。

客観的な評価指標ではなく、好きなことをやる楽しさや、やりがいといった人間本来の“主観性”に重きを置き、尊重していくこと。それは、これからの時代にビジネスパーソンが自己をモチベートしていく上で、そして、チームをマネジメントする上で欠かすことのできない視点だ——。ビジネス的な解釈を加えるなら、そんなところだろうか。

事実、企業の変革指導も行う著者のもとに学びに訪れるシリコンバレーの起業家やエンジニア達は、仕事のモチベーションの源を尋ねられたときに、その多くが「自分が楽しいと思えることをやっている」ということを挙げるのだという。そこでは金銭的欲求や社会的成功よりも、「人間らしく楽しく生きる」ことこそに価値が置かれているのだ。

ある種、理想論のように聞こえるかもしれないが、近代西洋思想的な価値観だけでは機能不全が起こり始めてきた現代において、主観性重視という正反対の性質を持つ東洋思想が価値を高めているという事実は理解しておくべきだろう。

「無駄」とされてきたものが、ビジネスにイノベーションを起こす時代

また、老子の言葉には、この変化の時代に新しい価値を生み出すためのヒントになるものもあるという。次のような言葉だ(p.74)。

【原文】
有を以て利を為すは、無を以て用を為せばなり。

【超訳】
目先の利益で有用・無用を決めつけてはいけない。今は無用に思えても、先々で必要になることもある。何の役にも立っていないようでも、見えないところで大事な役割を果たしているものもある。「無用の用」ということをよく考えなければいけない。

そこにはあるのは、生産性や効率性を重視してきた「機械的数字論」とはまさに真逆の視点。従来的な価値観のもとでは看過されてきたものにこそ、もしかしたら社会を変革させるようなイノベーションの種が宿っているかもしれない。

たとえば、かつてのコンピューター業界の「コンピューターを個人が使う時代など訪れない」という常識を、当時まだ小さな企業だったアップルが見事にひっくり返してしまったように。

時代の転換期にある今、ビジネスにイノベーションといえるような新しい価値観をもたらすのは、「個人の自由な発想」なのだ。

最後に、本書を読むにあたって大事なことを付け加えたい。それは、著者が「東洋思想的」こそが近代に蔓延しているような「西洋思想」に取って代わるということを主張しているわけではない、ということ。

そうではなく、その両者の視点を併せ持つこと――正反対の性質を持つ「西洋思想」と「東洋思想」の融合の中から、新しい価値を生み出していくことが肝要だというのが著者の立場なのである。

本書ではここで紹介した以外にも、いま起こっているパラダイムシフトを理解するためのさまざまな観点が論じられている。転換期の時代に、何を見定め、どのように歩んでいくべきなのか。そのための大きなヒントを与えてくれる一冊である。

なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのかのイメージ

■書籍情報

書籍名:なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか

著者 :田口 佳史(たぐち よしふみ)
1942年東京生まれ。東洋思想研究者。日本大学芸術学部卒業後、日本映画社入社。新進の記録映画監督として活躍中、25歳の時、タイ国で重傷を負い、生死の境で、「老子」と出会う。以後、中国古典思想研究に従事。72年、株式会社イメージプラン創業、代表取締役を務める。東洋リーダーシップ論を核に置き、2000社にわたる企業変革指導を行う。企業、官公庁、地方自治体、教育機関など全国各地で講演活動を続け、1万名を超える社会人教育の実績を持つ。東洋思想をベースとした仕事論、生き方論の第一人者である。主な著書にベストセラー『超訳 孫子の兵法』『超訳 論語』『超訳 老子の言葉』(以上、三笠書房)、『リーダーに大切な「自分の軸」をつくる言葉』(かんき出版)等がある。

※本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです。

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