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2020.04.09 NEW

上っ面のフレームワークより、説得力のある「経営理論」―経営学の英知を得られる一冊

上っ面のフレームワークより、説得力のある「経営理論」―経営学の英知を得られる一冊のイメージ

現代は先行きが極めて不透明で、不確実性も高い時代。しかし、だからといって「先がわからないから、何もできない」と立ち止まるわけにもいかない。

ビジネスパーソンたるもの、どんな状況のもとでも常に「何が最適解か?」を考え続け、意思決定を行い、ビジネスを前へと進めていかなくてはならないのだ。ゆえに、自らの思考と判断の粒度・精度を高めることは、現代を生きるビジネスパーソンにおける喫緊の課題といえる。

では、それを実現するために、何をすれば良いのか? ぜひ取り組んでおきたいのは、“経営理論”を学ぶことだ。

経営理論とは、現代社会きっての賢人たちが練り上げてきた、ビジネスにまつわる英知の結晶のようなもの。経営理論といえど、経営者だけが必要とするものでは決してない。ビジネスに関わる全ての人の思考力・判断力を向上させる格好の教材なのだ。

そして、「学ぶべき経営理論のすべてが収められている」と言っても過言ではない一冊が、今回ご紹介する『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)である。著者は、ビジネスパーソンから絶大な支持を集めている早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授・入山章栄(いりやま あきえ)氏だ。

「経営理論」は、「フレームワーク」よりも大いに役立つ

本書は世界の主要な約30の経営理論を体系化し、各論に対して懇切丁寧な解説を行った「経営理論の教科書」。手に取った瞬間、800ページを超えるボリュームに驚かされるが、重量感たっぷりだからこそ、帯に掲げられた「世界の経営学の英知はこの1冊で完璧に得られる」という言葉が大袈裟なものではないことが実感できる。

本書を読み進める前に、まず確認しておきたいのは、「フレームワーク」と「理論」の違いである。

両者は時に「似たようなもの」として扱われることもあるが、実際は根本的に異なるものであると著者は述べる。その大きな違いは、「why(なぜそうなるのか)」という、人間や組織の思考・行動の原理を根本から問うような視座の有無。

フレームワークは事象や物事を整理・分類はするが、その背景にある「why」に答えてくれることは決してないのだという。

その一例として挙げられるのが、「組織の強み・弱み」と「事業環境の脅威・機会」を2×2のマトリックスに表す「SWOT分析」だ。このフレームワークは経営環境の整理には役立ってくれるものの、「脅威にさらされた企業はどうなってしまうのか?」といったことや「そもそも、なぜそれは弱みと言えるのか?」といった根元的な問いかけに答えてくれることは、決してない。

それとは逆にビジネスの「why」に対する説明を与えてくれるのが理論=経営理論のほう。

ビジネスを前に進めるためには、「人を説得する」ということが必要不可欠だが、さまざまなビジネスの「why」を明確に説明する経営理論は、そこで大いに力を発揮する。経営理論に裏付けられたロジカルな言葉は、強い「説得性」を持ち、人を動かすからだ。そして、それこそがビジネスパーソンが経営理論を学ぶべき最たる理由の一つだ。

また、一つの理論を身に付ければ、それをさまざまな事象や課題に援用・応用することができる点(汎用性)や、人の営為や組織のメカニズムについての本質的な考察であるため、簡単には古びることがない点(不変性)も、経営理論を学ぶべき大きなポイントだろう。

社会はこういうものであるという前提があれば、フレームワークは有効に機能する。しかし、不確実性の高い現代では、社会はこうであると言い切れないために、フレームワークは機能しづらくなる

前提となる社会が変化するにつれ、購買行動フレームが「AIDMA」「AISAS」「AISCEAS」と変化・細分化していったように、フレームワークも見直す必要がでてくる。しかし、それに付いて行くことだけに精一杯になってしまう人も多いだろう。

ビジネスを理解・予測したいとき、“どのフレームワークを、どう使うべきか?”と、困惑してしまうこともある。それは要するに、フレームの選び方や使い方を、思考・判断することができていない状態であり、それは“why”つまり前提が明確になっていない証拠なのだ。

では、本書で学ぶことのできる経営理論とは一体どのようなものなのか? 早速、その内容を確認していこう。

経営理論とは「多様な知の集積」にほかならない

一口に経営理論と言っても、その内容は一様ではない。著者によると、経営学は学問・研究分野としては比較的歴史が浅く、その学術的な基盤を3つのディシプリン(学問分野)が負っているのだという。3分野——すなわち、「経済学」「心理学」「社会学」である。(図1)

図1:3つの理論ディシプリン

図1:3つの理論ディシプリン

※書籍から編集部作成

まず、本書の第1部において紐解かれていくのは、経済学を基盤とする「経済学ディシプリンの経営理論」だ。経済学とは、人や市場の合理性を前提として経済活動のメカニズムを紐解いていく学問。その前提は必ずしも絶対ではない——人は時に非合理的な行動をとり得る——ものの、同学問を基礎とする理論がさまざまなビジネス現象を理解する上で大きな助けとなってくれるだろう。もちろん、本書で扱われる理論群は、ビジネスパーソンとしての基礎体力を培う上でぜひとも身につけておきたいものばかりである。

その筆頭として挙げられるのは、「儲かる業界と儲からない業界の違い」を、「構造」という切り口から解き明かしていく「SCP理論(SCP:structure-conduct-performance/構造—遂行—業績の略称)だ。同理論は、数多のビジネス書やMBA本でもお馴染みの「マイケル・ポーターの競争戦略」の基礎となるもの。

有名なフレームワークである「ファイブ・フォース」や「戦略グループ」を、日々の業務の中で活用しているという人も多いのではないだろうか。そこにおいては「差別化戦略」が非常に重要だとされるが、その起源となる同理論を学ぶことで「なぜ差別化が必要なのか」「それがどのように構造的利益を生み出すことにつながるのか」といったことについて、より本質的な理解を得ることができるだろう。

また、ミクロ経済学の理論ツールの中核をなす「ゲーム理論」や、そして不確実性をうまく活用するための糸口を与えてくれる「リアル・オプション理論」などについても解説されていく。

経営理論において、心理学・社会学の重要性が増している

続く第2部と第3部で扱われるのは、「心理学ディシプリンの経営理論」。ビジネスを営むのは、私たち一人一人の人間であり、そこにおいて人間の心理が大きな影響を与え得るということは、我が身を振り返ってみても明らかである。だからこそ、心理学は経営学において重要な役割を担っている、というわけだ。

心理学をベースにした経営理論は、著者の造語でその分析対象を組織単位とする「マクロ心理学ディシプリンの経営理論」と、個人単位の行動や意思決定を紐解く「ミクロ心理学ディシプリンの経営理論」の2つに分類される。

本書はその2つの分野それぞれについて1部ずつ割く構成となっており、前者では認知心理学をベースに組織メカニズムを解き明かす「カーネギー学派」による理論群などが紹介され、後者ではビジネスパーソンにとって身近な課題である「リーダーシップの理論」や「認知バイアスの理論」などが解説されていく。

そして、3つのディシプリンのうち最後に残されたのが「社会学ディシプリンの経営理論」だが、著者はこの領域の経営理論が今後ますます重要性を増していくと予測している。なぜか?

ソーシャルネットワークの隆盛や、副業・兼業の進展に伴う人的交流の増加、地域コミュニティの見直し・台頭といった背景により、人と人の「社会的なつながり」が今まで以上に重要になってくるからである。

「社会学」を主題とした第4部の約半分を占めるのは、ソーシャルネットワークにまつわる理論群。そこでは社会的につながれた状態における人の意思決定や行動のあり方を基礎づける「エンベデッドネス理論」や、米国一のソーシャルネットワーク企業も活用しているという「『弱いつながりの強さ』理論」などが紹介される。

辞書のような使い方で、自身に必要な理論が効率的に見つかる

駆け足になったが、以上が本書にて扱われる経営理論のアウトラインである。もちろん、本書に収められる約30の理論すべてを学ぶに越したことはないが、日々忙しいビジネスパーソンにとって、膨大なボリュームの本書を最初から最後まで通読するのは、簡単なことではないだろう。

そこでおすすめしたいのは、自身の業務内容と関連性の高い理論から学んでいくこと。そのために役立ってくれるのが第5部「ビジネス現象と理論のマトリックス」である。

第5部では、「戦略とイノベーション」「組織行動と人事」「企業組織のあり方」などの8つのビジネス現象を取り上げ、それぞれのビジネス現象と相性のいい理論をマッチングしてくれている。

図2のような「ビジネス現象×理論」のマトリックスが、ビジネス現象ごとにあるため、本部を辞書のようなガイドとすれば、自身にいま必要な理論を効率的に身につけていくことができるだろう。

図2:「ビジネス現象×理論」のマトリックスの例

図2:「ビジネス現象×理論」のマトリックスの例

※書籍から編集部作成

最後に、本書を読む上でのポイントを挙げておく。それは、一つ理論を学んだら“実際にそれを使ってみること”だ。成長企業に関するニュースを見聞きした際には、「その企業はどのような差別化を行い、儲かる構造をつくりだしたのか」ということを、理論をふまえながら徹底的に考察や分析を行ってみてほしい。

その習慣が理論を血肉化し、自身の内に確固たる思考軸を築き上げることに大きく寄与してくれるに違いない。不確かで困難な時代を生き抜く武器を手に入れるために、ぜひとも手に取ってもらいたい一冊である。

世界標準の経営理論のイメージ

■書籍情報

書籍名:世界標準の経営理論

著者 :入山 章栄(いりやま あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)がある。

※本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです。

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