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2019.4.25 NEW境界線の越えかた

親子二代で不動産業にイノベーションを起こす。池田峰が格安食堂を運営する理由とは

親子二代で不動産業にイノベーションを起こす。池田峰が格安食堂を運営する理由とはのイメージ

神奈川県相模原の淵野辺駅からほど近い場所にある、ガラス張りのおしゃれな飲食店。地元の不動産屋・東郊住宅社が運営する入居者のための食堂「トーコーキッチン」だ。朝食100円、昼食夕食500円という破格の値段でこだわりの食事を提供するに至った理由は何なのか。企画者の東郊住宅社代表取締役・池田峰に聞いた。

ご出身も淵野辺ですか?

そうです。僕が3歳のときに父がこの会社を立ち上げ、以来、19歳まで淵野辺で過ごしました。

若いころから「家業を継ぐ」というキャリアイメージを持たれていたのでしょうか?

親から「継がなくていいから、好きなことをやりなさい」と言われていたためか、そういうキャリアイメージはまったくなかったですね。高校卒業後は、アメリカの大学で心理学を学び、日本のデザイン会社に就職。31歳でニュージーランドに移住し、現地で広告代理店を営んでいました。

家業を継ぐことになったきっかけは、なんだったのでしょう。

39歳のとき、妻の出産などさまざまな事情が重なって帰国したんです。当初はニュージーランドの会社を運営しつつ、父の会社で働こうと思っていたのですが……。いざやってみたら、片手間でやれるほど甘くはなかった。それでニュージーランドの会社は知人に引き継いでもらうことにしたんです。

クリエイティブ業から不動産業へ。職種が変わって大変なこともあったのでは?

よく聞かれるのですが、実はそんなに“変わった”という感覚がないんですよ(笑)。広告の仕事は、クライアントのニーズを最適化して、受け手とのコミュニケーションが円滑になる仕組みを作ること。一方の不動産も、大家さんと借りたい人をうまくつなぐことが仕事。そういう視点でみれば、扱うものが違うだけでやるべきことは同じですから。

父は「敷金礼金ゼロ、退室時修繕義務なし」を始め、池田峰は「入居者食堂」をつくりだす

2015年にオープンしたトーコーキッチンは、「不動産屋さんが運営する食堂」「おいしいのに安い」など、その斬新さ、ユニークさが話題を呼びました。発案に至るまでの経緯を教えてください。
池田 峰のイメージ

大まかに三つのポイントがありました。一つは、うちの入居者の多くを担っている学生が、寮や学生マンションを選ぶようになってきたこと。保護者としては、子ども、特に息子さんの食事面まで面倒を見てもらえたほうが安心なのでしょう。このような傾向を受け、我々も何か対策をとらなければいけないと思うようになりました。

もう一つは会社の“新しいウリ”を作ること。うちの父は全国に先駆けて「敷金礼金ゼロ、退室時の修繕義務なし」という貸し方を始めました。以前はこれを理由に当社を選んでくださる方も多かったのですが、最近は他の会社さんも同じような手法をとられるようになって、それだけでは差別化ができなくなっていました。

不動産業自体が時代の変化に対応する必要があったわけですね。最後の一つは?

自分の中に「オーナーの負担を少なくして物件の価値を高める方法はないか?」という思いがあったことです。物件は経年劣化していきますから、そのたびに我々はオーナーに「リノベーションしましょう」「家具や家電をつけて魅力をアップしましょう」と提案するのが普通のやり方です。でも、そこに違和感を覚えたんです。

実際に費用を負担するのはオーナーで、管理料をいただく側の不動産屋にはリスクがない。しかも、すべてのオーナーのすべての物件に適合する策でもない。それで「オーナーや物件のスペックに依存せずに、その資産価値が一気に上がる裏技はないだろうか」と考えていたんです。そしたら、2014年の忘年会で突然ひらめいたんです(笑)。「うちが食堂をやったらいいんじゃないか?」と。

目の前にさまざまな課題があって、その解決方法として行きついたのが、入居者食堂「トーコーキッチン」という斬新なアイデアだった。

とはいえ……。このアイデアがひらめいて、すぐにスタッフたちに話してみたんですが、そのときは「食堂とか言い出しているぞ」「うちの二代目、大丈夫か?」という雰囲気でした(笑)。その後、年末年始の時間を使ってシミュレーションを繰り返し、「これならいける」という確信が得られたところで役員にプレゼンをして、実現にこぎつけました。

食堂は、コミュニケーションのための自社媒体

特別に食事させていただきましたが、リーズナブルさ(朝食100円、昼食・夕食は500円)と、おいしさにびっくりしました。冷凍ものは不使用で、さらには豆や茶葉から入れた本格的なドリンクも100円。それで採算は取れるのでしょうか?
トーコーキッチンのメニューのイメージ

朝食は完全に赤字で、昼食と夕食はトントンですね。スタッフからは「朝食100円は安すぎる」と反対されましたが(笑)。このキッチンのねらいは利益を出すことではなく、入居者や食事を心配する親御さんの不安を解消すること。それをシンプルに成し遂げるなら、わかりやすい100円のほうがいいんじゃないのと。赤字は広告宣伝費というとらえ方です。

食堂を利用できるのは、入居者とオーナー、取引先、東郊住宅社のスタッフだけ?

はい。入口は施錠してあり、利用可能な方が所有するカードキーで入っていただく仕組みになっています。全面ガラス張りなので、一般の方がいらっしゃるケースもあるのですが、扉は当然開きません。そういうときは、スタッフが中から鍵を開けて、「不動産屋がやってる食堂なんです。でもはじめての方はどうぞご利用ください。次回以降はカードキーを持っている人と一緒に来てくださいね」と伝えるようにしているんです。そういうやり取りが、今まで東郊住宅社を知らなかった人に、我々のことを知っていただくきっかけにもなりますから。

入居者と直接的なコミュニケーションがとれるなど、この食堂には広告宣伝以外にもメリットがありそうですね。

1日に2~3回はキッチンに訪れるようにしているのですが、ここで入居者のみなさんと言葉を交わすと、旅行や帰省で家を空けるタイミングや健康状態など、細かな情報を把握できるのは助かりますね。また、こうやってメディアに取り上げられる機会が増えたのもメリットの一つです。普通、こんな街の不動産屋に取材なんて来ないのに、「東郊住宅社ってなんか楽しそう」と思っていただける。ありがたい限りです。

“普段着”のコミュニケーション

このインタビューの前にも、利用者と気軽に言葉を交わされている姿をお見受けしました。
池田 峰のイメージ

私たちの仕事の質を高めるうえで大切なのは、そういう普段着のコミュニケーションだと思うんです。トーコーキッチンがコンセプトとしている「理想のあいさつは『髪切った?』」は、その象徴ですね(笑)。

実は、普段着のコミュニケーションを意識するようになったのには、きっかけがあるんです。ある日、私が担当した学生から「カギをなくした」と連絡があったので、その子にカギを渡しに行って、少しの間世間話をしたんです。そしたら翌日、道でばったり会って、交差点の向こう側から「池田さん! 昨日はありがとうございました」と元気に声をかけてくれた。隣にいたスタッフは「あの子って、あんなに気さくに声をかけてくれるタイプだったんですね!」と驚いていました。

私も、契約の段階でそれなりの信頼関係ができていると思っていたんですが、何気ないコミュニケーションひとつで、もっと強い信頼関係を築けるんだな、と気づかされました。

SNSでも「トーコーキッチンのボスと友達になった!」とか「キッチンに行きたいからトーコー民(入居者の愛称)、連れて行って」など、利用者やその周辺の人たちがとても親しみのある投稿をしているそうですね。淵野辺という街にトーコーキッチンがしっかり根付いていることがうかがえます。

うれしいことですね。時々、「他の物件に住んでいるけれど友達にカギを借りました」なんて言って、ズルして店内に入ってこようとするチャレンジャーがいるんですが、これもうれしいんです。もちろん、ズルはダメなんですが、ズルしてまでキッチンを使いたいと思ってくれる人がいることが、ここの存在価値を証明してくれているようじゃないですか。

トーコーキッチンの今後の展望について教えてください。

現在のキッチンの姿が、オープン前に描いていたすべてではありません。ただし、この活動で大事なのはキッチンを発展させることではなく、入居者一人一人の笑顔を積み重ねていくこと。

トーコーキッチンは、不動産業者としての次なる姿を模索していくための手段であって、目的ではないんです。だから、キッチンの今後の展望や目標を聞かれると、すごく悩みますね(笑)。目の前にいる一人一人に喜んでもらうことがキッチンの役割だとするなら……。“永遠に発展途上”ということになるのかもしれません。

最後に、「EL BORDE(エル・ボルデ)」の読者にメッセージをお願いいたします。

自身を振り返ると、30代は頭でっかちになりがちな時期だったなと思うんですが、職種や役職などにとらわれず、一人の人間として背伸びなく過ごしてみるといいのではないでしょうか。他人は意外にあなたのことを気にしていないし、逆にあなた以上にあなたのことを知っているという面もある。できないことを隠そうとするのでなく、努力したり、他の人に助けてもらったりしながら、誰かに喜んでもらえるとか、笑ってもらえるとか、そういう真っ当なリアクションを着実に獲得していくほうが、自分の正しい居場所が見つけやすいように思います。

決して偉そうなことを言える立場にはないのですが、「砂漠で水は高く売れる」ということがあるかと思います。これは、うちのスタッフによく話すたとえなのですが、渇ききったところに一滴の水を垂らすと、その水は一滴以上の価値を持つもの。お客様の本当の心の渇きのポイントを見つけて、そこに対する回答を探してみると、いままでの価値観とは違ったアイデアや視点に巡り会えるかもしれませんよ。

池田 峰(いけだ みね)
神奈川県相模原市出身。グラフィックデザイナー、広告代理店を経て、父が創業した東郊住宅社の社員に。2017年8月に二代目代表取締役に就任。サンタクロースアカデミー修了者というユニークな資格を保持。「入居者サービスとして、サンタクロースの代打が必要なご家庭を、いつか楽しませたいなと思って取得しました」。なまはげの資格取得も検討中だとか。

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