2020.11.19 NEW
論点をハズさない、コンサルの問題設定力―なぜ日本人は“ズレた”提案をしてしまう?
クライアントが抱える課題についてヒアリングをおこない、問題解決のために尽力したのに満足してもらえなかった。あるいは、上司の言うとおりにプロジェクトを進めたのにうまくいかなかった──そんな経験があるビジネスパーソンは少なくないのではないだろうか。なにがいけなかったのかと自問する前に、ちょっと考えてみてほしい。間違っているのはあなたの解決方法ではなく、解くべき「問題」だとしたら……?
問題解決のプロセスにおいて「問題設定」がいかに大切か、問題設定力を身につけるにはどうすればいいのか。『論点思考 BCG流 問題設定の技術』(東洋経済新報社)を出版し、早くから問題設定の重要性を説いてきた早稲田大学ビジネススクール教授の内田和成(うちだ かずなり)さんに聞いた。
問題解決の“6つのプロセス”
私たちはなんのために働くのか。程度の差こそあれ、極論すれば、あらゆる仕事はすべて社会や顧客の問題を解決するために存在するといって差し支えないだろう。そして、どの企業も数え切れないほど多くの問題を抱えている。
だからこそ、巷には「問題解決」のためのメソッドを指南するビジネス書があふれ、ビジネスパーソンはこぞって問題解決のフレームワークを習得しようとする。しかし、それらのうち「問題設定」に重点を置いたものは驚くほど少ない。
内田さんの著書『論点思考』によると、内田さんがかつて在籍したボストン・コンサルティング・グループでは、解くべき問題(課題)を「論点」、その解くべき問題を定義するプロセスを「論点思考」と呼ぶ。
なんらかの問題に行き当たったときの問題解決プロセスは、以下の1~6の段階に分けて進められる。
このうち「問題設定」にあたるプロセスは1~3。しかし、日本のビジネスの現場ではPDCAサイクルに代表されるように、1~3をすっ飛ばして、4の「計画(Plan)」、5の「実行(Do)」、6の「レビュー(Check)」ばかりを繰り返す傾向が強い。
「問題設定」にあたる1~3が欠けてしまうのは、いったいなぜなのだろうか。
「なぜ日本人は問題設定力に欠けるか。ひとつは教育の問題だと考えています。日本では小学校に入学してから大学を卒業するまで一貫して、基本的に『問題をつくること』は学ばない。国語でも数学でも英語でも、問題とは『教師から与えられて解くもの』であり、自分でつくるものだという発想がないんですね。結果的に、解決能力だけが磨かれ、問題設定力が育たなくなる。
もうひとつは社会の問題で、同質性の高い日本社会では、右向け右の号令のなか、1人だけ左を向くような人が生まれにくい。新たに問題を設定したり抽出したりするのはすごく勇気が必要なことで、自分の設定した問題が間違っているかもしれないし、問題を抽出できても答えがないかもしれない。それでなんとなく周囲の意見に同調するという、日本人の良い意味での協調性も影響していると感じます」
つまり、日本人は勤勉で解決能力には優れているのだが、こと「問題設定」については学校で教えられず、会社でもそういった指導を受けないため、解くべき「問題」を見つけることに慣れていない。しかし、問題設定は問題解決プロセスの最上流にある、きわめて重要な工程であるというのが内田さんの主張だ。
「経営学者のピーター・ドラッカーは『経営におけるもっとも重大なあやまちは、間違った答えを出すことではなく、間違った問いに答えることだ』と述べています。最初に設定する問いを間違えると、その後の問題解決アプローチが意味をなさなくなる──間違った穴を掘りつづけることになるのです」
少子化は「問題」ではなく「現象」である
では、解くべき「問題」──論点を正しく見つけるにはどうすればいいのだろうか。先ほど挙げた6段階の問題解決プロセスに話を戻すと、0の「現象」を「論点」だと見誤り、1~3のプロセスを踏まずに問題解決しようとする人が多い、と内田さんは指摘する。
「一般的に問題点と呼ばれるものの多くは、じつは現象や観察事実であって、論点でないことが多い。わかりやすい例が『少子化』です。『少子化問題』などという言葉があるように、少子化は問題だとされますが、あくまでもひとつの『現象』であって、『問題』ではありません。つまり論点ではない。
というのも、たとえば世界レベルで見ると、日本の少子化は歓迎すべきことかもしれません。世界中が人口増による食料不足に苦しむなか、日本の人口が減れば、そのぶん食料が浮きます。人口が増えつづける新興国にとってはよろこばしいことだとも考えられるわけです」
少子化は現象にすぎず、論点ではない。論点を見つけるには、もっと深く考える必要があるのだ。問題解決プロセス1──「論点抽出」の例として、いくつか論点をあげてみよう。
「少子化」という現象に対する論点
【論点候補1】
少子化になると、労働人口が減少し、日本のGDPが低下する。
【論点候補2】
少子化になると、生産年齢人口に対する老年人口の比率が上昇し、社会保障体制の維持が困難になる。
【論点候補3】
少子化になると、地方の町などで高齢者の割合が増え、過疎化が進む。
3つの論点候補をあげたが、それぞれの論点によって解決策はまったく違う。労働人口減が問題であれば、移民を増やす、女性が働きやすい環境をつくるといった解決策がある。あるいは過疎化が問題であれば、自治体が企業などを誘致し、若者のUターンやIターンをうながすことが解決策になりうるだろう。
以上が問題解決プロセスの「問題設定」にあたる工程になる。これは少子化に限らず、企業が抱える問題にもそのまま当てはめることができると内田さんはいう。
「たとえばあるメーカーの製品在庫が多くて困っているとしましょう。『在庫が多い』も私からすれば単なる『現象』で、論点ではありません。
この場合、商品に魅力がなくて売れないから在庫が多い、需要と供給が釣り合っていないから在庫が多い、営業マンが末端の小売店への営業努力を怠っているから在庫が多い、といった複数の論点が考えられるわけですね」
このメーカーの例でも、それぞれの論点によって解決策はまったく違ってくる。問題設定の重要性はよくわかったが、前述のとおり、日本人は論点思考に慣れていない。いざ上司から「論点を出せ」と言われても、若手のビジネスパーソンはとっさに反応できないだろう。
では、問題設定力を磨くにはどうすればいいのだろうか。
若手向け「問題設定力」向上トレーニング
問題解決プロセスのうち、問題設定に関する1~3の工程──「論点抽出、構造化、優先順位づけ」の3つに必要な素養はなにか。内田さんに聞いてみた。
「1の『論点抽出』に関しては、経験と勘、ひらめきが要求されます。2の『構造化』は論点の整理なので、イシューツリーやマトリックスなどのフレームワークを使えばいい。これはビジネス書で勉強できることです。それから、3の『優先順位づけ』の際に必要なのは胆力と勇気でしょうか」
優秀な経営者やコンサルタントは、必ずこれらの素養を組み合わせて問題設定をしているという。
「『勘やひらめきと言われてもなあ……』と困惑する方もいるかもしれませんが、安心してください、身につける方法はきちんとあります。まず論点抽出についていうと、自分の頭のなかにデータベースを構築することが重要です。無から勘やひらめきは生まれませんから。
たとえば先ほどの例のように、ある会社に『在庫』という現象があったとしても、本社の声に加えて支店や小売店の声、それから流通の状況などを把握しておかなければ適切な論点はひらめかない。
日頃から問題意識をもって現場を見たり、競合他社と比較したりして、自らのデータベースを厚くしておくんです。そうすると、在庫を目の当たりしたときにデータベースが自動的に検索を始め、論点になりうる仮説を導き出してくれるはずです」
出典:内田和成さんの著書『右脳思考を鍛える 「観・感・勘」を実践! 究極のアイデアのつくり方』から編集部作成
次に、優先順位づけに必要な胆力と勇気はどうすれば身につけられるのだろうか。
「コンサルの世界には『かかる時間』と『パフォーマンスの良さ』の2軸で論点を順位づけするやり方があります。要するに、短時間でいちばん効果の上がるものを最優先の論点にするわけですね。逆にいえば、時間がかかるわりに効果の少ないものをやってはいけない。もちろんケースバイケースですが、ひとつの優先順位づけの切り口になります。
そうして論点の優先順位を決めたら、あとはとにかく実行すること。何度も失敗して学習するうちに、勇気や胆力のようなものが身についていきます。なぜあんなに大胆なことができるんだと感心してしまうような人は、若いうちにいろいろな失敗を経験していることが多い。どの程度の失敗なら許容範囲か、肌感覚でわかってるんですね」
上司やクライアントの言いなりになるのではなく、自分の頭で考えること。つねに問題意識をもって自分の仕事に関係のある現場へ行き、そこで得た発見や違和感を大切にすること。「いつまでも与えられた問題ばかりを解いていては、数年後にはよりコストの安い若い人やAIに取って代わられてしまいますよ」と内田さんは警告する。
「若手が問題設定や意思決定に関わるのは難しいかもしれませんが、それでもシミュレーションはできます。ある問題の解決策として、上司のA案より自分のB案のほうが良いと思ったら、上司の意見を尊重しつつ、もしB案を選んでいたらどうなったか、数カ月後に頭のなかでレビューしてみてください。そのようにして畳の上の水練を繰り返すことでしか、問題設定力は磨くことができない。それが私の持論です」
もしいま進行中のプロジェクトがうまくいっていないのなら、一度立ち止まって論点を考え直してみてはどうだろう。あなたのチームに必要なのは「正しい答え」ではなく、「正しい問い」かもしれない。
- 【お話をお伺いした方】
- 内田 和成(うちだ かずなり)
早稲田大学ビジネスクール教授。東京大学工学部卒。慶應義塾大学経営学修士(MBA)。日本航空株式会社を経て、1985年ボストン コンサルティング グループ(BCG)入社。2000年6月から2004年12月までBCG 日本代表、2009年12月までシニア・アドバイザーを務める。ハイテク、情報通信サービス、自動車業界を中心に、マーケティング戦略、新規事業戦略、中長期戦略、グローバル戦略などの策定・実行支援プロジェクトを数多く経験。2006年には「世界で最も有力なコンサルタントのトップ25人」(米コンサルティング・マガジン)に選出された。2006年より早稲田大学大学院商学研究科教授。ビジネススクールで競争戦略論やリーダーシップ論を教えるほか、エグゼクティブ・プログラムでの講義や企業のリーダーシップ・トレーニングも行う。近著に『仮説思考』『右脳思考』(ともに東洋経済新報社)、『リーダーの戦い方』(日本経済新聞出版社)などがある。