2025.05.26 NEW
相互関税が新興国株式・経済に与える影響を整理 特に打撃を受ける国は 野村證券・岡本佳佑
写真/タナカヨシトモ
トランプ政権は4月2日に相互関税を発表し、世界経済へネガティブなインパクトを与えましたが、新興国に注目してみるとどのような影響があるのでしょうか。打撃を受けたベトナム、それほど打撃を受けなかったインドやブラジルなど、各国にどんな事情があるのか、また、新興国への投資の上で知っておくべきことを、投資情報部シニア・ストラテジストの岡本佳佑が解説します。
米国との距離や自国リスクに違い
- トランプ政権が4月2日に発表した相互関税の内容を見ると、一部の新興国にはかなり高い関税が課せられています。4月7日に相互関税は90日間の一時停止が発表され、各国との協議が進行中ですが、今のところ一連の関税政策は新興国にどのような影響を与えているでしょうか。
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トランプ関税政策は新興国にも大きく影響を与えていますが、必ずしもネガティブな影響ばかりではありません。米国との関わり方と関税率の大きさによって、ネガティブな影響が大きく出た国とそうではない国に別れました。関税率が低ければ低いほどやはり影響は受けにくいですし、米国との貿易額の大きさによっても影響は変わります。
また、もともと政治や財政のリスクが高いとみられていた国は、トランプ関税により世界経済の不確実性が高まる中そのリスクが強く意識されるようになりました。
- 今のところ、トランプ関税による打撃をあまり受けていない国とはどこでしょうか。
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メキシコ、ブラジル、インドなどが挙げられます。
相互関税の発動以前から25%の関税が課せられていたメキシコは、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)に適合する製品については例外的に高関税の対象から除外されるなど、優遇措置を受けています。
ブラジルは高い上乗せ関税を免れた国の一つです。米国にとって貿易黒字国であり、全世界に一律の10%の関税のみがかけられています。
一方でインドは日本よりもやや高い26%の相互関税がかけられていますが、インドは米国との2国間協議が日本などよりも早く進んでおり、対米関税を引き下げることで米国と友好な関係を維持しています。
さらに高い関税が検討されている中国からインドへと、今後、生産拠点がシフトする展開も想定されます。例として、米アップル社は2026年度末までに、iPhone製造拠点を中国からインドに移す計画をしていることがニュースになりました。
- 相互関税により打撃を受けると考えられる国には、どのような背景があるのでしょうか。
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新興国に注目すると、相互関税率は対カンボジアが49%、ベトナムが46%、タイが36%、インドネシアが32%となっています。特にベトナムは経済規模に対して輸出の割合が高いため、関税率引き上げの影響を受けやすい経済構造といえます。韓国のサムスン電子がベトナムにスマートフォン工場を設けて米国に輸出していることなどから、米国の貿易収支と各国の輸出依存度において、ベトナムは突出して高い位置にあります。
(注)データは2024年。赤い丸は米国の貿易収支赤字国、グレーの丸は米国の貿易黒字国。
(出所)米商務省、IMF、LSEGより野村證券投資情報部作成
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一方、世界経済の不確実性が高まる中、個別のリスクが意識された国の例としてトルコが挙げられます。トルコは10%の一律関税の対象であり、対米貿易額もそれほど大きくなく、トランプ関税が与える経済への影響は限定的です。しかし、3月に次回大統領選挙におけるエルドアン現大統領の最大の政敵であるイマモール・イスタンブール市長が汚職などの疑いから拘束されたことを機に各地で大規模な抗議デモが起きました。政情不安が高まっているところに世界経済の不確実性が加わり、トルコは資金流出に見舞われました。今後、エルドアン大統領が利下げを求めるなど政治圧力が強まれば、さらなるトルコ・リラ相場の下落につながるリスクもあります。
相互関税の影響でサプライチェーンがシフト
- インドに関しては5月7日にカシミール地方をめぐるパキスタンとの紛争が表面化するなどのリスクもあると思われます。トランプ大統領からの働きかけもあり、5月10日に停戦合意となり、越境衝突は4日間で収束していますが、その影響は考えられそうでしょうか。
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今後もリスクはあると思われますが、少なくとも今回は紛争エリアが限定されていたこともあり、金融市場への影響は限定的なものに留まりました。なにより、インドは新興国の中でも経済規模が大きく、世界最大の人口を抱える民主主義国家であり、新興各国の中でも資金が流入しやすい市場であるとみています。
- 相互関税の流れを見ると、インドだけではなくメキシコやブラジルなどに工場移転が進むなど、サプライチェーンがシフトすることも考えられると思われますがいかがでしょうか。
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インドはもともとIT分野に強く、そうした産業においてインドの強みが発揮される可能性が高いと思われます。ブラジルについては、農産物などの分野に強みがあります。ブラジルは世界有数の大豆輸出国であるため、中国がこれまで米国から輸入していた大豆をブラジルにシフトする流れも期待できると思われます。実際、第1次トランプ政権が中国製品に対して2018年と2019年に段階的に追加関税を課した際、中国への大豆輸出が米国からブラジルにシフトすることが起きていました。
一方、メキシコはUSMCAの前身であるNAFTA(北米自由貿易協定)の時代から結びつきが深く、例えば米国向け自動車の生産拠点として自動車関連企業などがすでに集積されています。トランプ大統領は米国国内への生産拠点シフトを狙っていることもあり、メキシコへの直接投資が停滞するリスクがあると考えられます。
米利下げは新興国株の追い風に
- 新興国を対象にした投資を考えている、またはすでに投資をしている場合、今後の成長性を知るためにどのような指標に注目したら良いでしょうか。
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新興国株のパフォーマンスは、米ドルの下落局面で先進国株を上回る傾向があります。そのため、米ドル指数に影響を及ぼす米国政策金利の動向は一つの指標になるでしょう。
米国の政策金利は高止まりしていますが、足元ではFRB(米連邦準備制度理事会)がインフレを警戒し、政策金利の引き下げに慎重になっています。そうすると、対米ドルの自国通貨安を回避するため新興国も利下げに踏み切りにくくなります。逆に米国の政策金利引き下げが始まれば、新興国も金融緩和に舵を切りやすくなり、新興国株にポジティブな影響が生じる可能性があります。
例えばブラジルの政策金利は14.75%と非常に高くなっています。利下げ余地は大きく、利下げが始まれば景気回復・拡大を期待した投資資金が株式市場に流入しやすくなると考えられます。
(注)データは週次で、直近値は2025年5月16日。先進国株はMSCI World(先進国株)指数、新興国株はMSCI新興国株価指数。米ドル指数は主要通貨に対する米ドル相場を加重平均してニューヨーク商
品取引所が算出する指数。FF(フェデラル・ファンド)レートはレンジ上限値。FFレートの予想は野村證券 (25年4月24日時点)。
(出所) LSEGより野村證券投資情報部作成
- 新興国の中でも経済構造や政治、財政などで違いがあり、個別に事情が異なることは分かりました。新興国を対象にした投資を考える上でどのようなことに注意したらいいでしょうか。
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新興国は先進国に比べて経済規模が小さく、政治や財政的なリスクがあります。前述したように、今回の関税の影響には差がありますが、それも米国の政策の変化によって今後どう転ぶかは未知数です。
一方で、多くの新興国では人口が増えており、世界人口に占める新興国の比率は80%超となっています。つまり、10年、20年など中長期的には経済規模が拡大する可能性を秘めているといえるでしょう。成長の果実を得られる新興国に広く投資すること、ポートフォリオの一部に組み込んでおくことは、分散投資の一つの考え方になるのではないでしょうか。
(注)2024年時点推定。
(出所)IMFより野村證券投資情報部作成

- 野村證券 投資情報部シニア・ストラテジスト
岡本 佳佑 - 日本経済のエコノミスト、米国株、欧州株ストラテジストなどを歴任。2024年12月より投資情報部に在籍し、ブラジル、メキシコ、トルコの政治・経済情報などを提供。個人投資家を対象に、分かりやすい情報提供を心掛ける。
※この記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。
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