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ディズニーCEOが明かすビジネスの原則――映画以上にドラマチックな経営の舞台裏

ディズニーCEOが明かすビジネスの原則――映画以上にドラマチックな経営の舞台裏のイメージ

今回紹介するのは、『ディズニーCEOが実践する10の原則』(早川書房)である。書籍のタイトルから、「こうすると人生はうまくいく」という類の自己啓発本の印象を受けがちだが、本書はいわゆる自己啓発本とは一線を画する第一級のノンフィクション。

ディズニー映画やテーマパークが世界中の人々をとりこにする裏で、運営を統括するウォルト・ディズニー・カンパニー(以下、ディズニー)の経営陣が、どんな議論をして、巨大エンターテインメント企業を率いてきたのか——。その実情が経営トップの目線からありのままに描かれており、そこにはディズニー映画以上に波乱万丈なストーリーがある。

ディズニーを最もクリエイティブにしたCEO

著者はディズニーで2005年から2020年までの14年間CEO(最高経営責任者)を務めた、ロバート・アイガー氏本人。ディズニーにはアイガー氏の就任以前に、創業者のウォルト・ディズニーを含め6人のCEOしかいない。CEOに就任後は、買収などを通じてディズニーの時価総額を約5倍に伸ばすなど、デジタル時代に対応する巨大メディア帝国を築くことに尽力。2019年のタイム誌「世界で最も影響力のある100人」や「ビジネスパーソン・オブ・ザ・イヤー」にも選出された伝説の人物である。

本書を読むと、経営とはすなわち「人間関係」だということがよくわかる。従業員や株主、創業家、取締役会のメンバー……。多くのステークホルダーと対話し、鼓舞し、時には衝突しながら、巨大組織を動かしていく。もちろん、そこにあるのは美談ばかりではない。人間関係に失敗し、傷つき、悩みながらも、周囲の理解を得るための言葉をつむぎ出し、関係を構築していく。その過程にあるトップとしての心の葛藤、苦悩がまざまざと描かれていることも、本書を“第一級のノンフィクション”と呼びたくなるゆえんだ。

テレビ局の雑用係から叩き上げでCEOの座に

本書の内容は大きく2部に分かれる。第1部はアイガーの子ども時代からディズニーのCEOに上り詰めるまで。第2部はCEOに就任してから2020年に退任するまでの物語だ。

ディズニーのCEOというと、華々しい家系に生まれ、一流大学でMBAを取得したような超エリートのキャリアを想像してしまうが、アイガーはそうした経歴とは無縁だった。

彼は労働者階級の住む小さな町で生まれ、ズボンが破れても新しいズボンを買う余裕がないような、貧しい家庭で育った。中学生時代から小遣い稼ぎのためアルバイトに励み、大学卒業後は知人の紹介で、全米ネットワークテレビ局のABCに雑用係として潜り込む。業務は照明の準備から食事の手配まで、あらゆる雑務をこなし、社内では最低賃金の仕事だった。

テレビ局の一雑用係からキャリアをスタートさせたアイガーが、なぜディズニーのCEOにまで上り詰めることができたのか。そのカギは「人間関係」にあったことが、本書を読めばわかる。例えば雑用係の後に配属されたスポーツ部門で、アイガーは「テレビ界の帝王」といわれる敏腕プロデューサー、ルーン・アーリッジの下で働くことになるのだが……。完璧な番組作品を追求しすぎて他人に攻撃的に当たるルーンの下で、やっていけないと去っていく部下も少なくなかったが、アイガーは目の前の仕事に集中して結果を残し、徐々に認められて昇格していく。

また、キャリアには“偶然”もつきものだ。当時、弱小テレビ局のキャピタル・シティーズが巨額資金を投じ、巨大なネットワークテレビ局であるABCを買収するという“事件”が起こり、倹約主義を貫く新たな経営者と上司のルーンは衝突。ルーンはスポーツ部門のトップを離れることを選んだ。そこで自分の役目はもうないと感じたアイガーが退職を告げようとした矢先、空白となったスポーツ部門のトップのひとりに、アイガーが抜擢されたのだ。

このように、目の前の仕事で結果を残して周囲の人間から信頼を得るプロセスと、買収劇のような偶然の環境変化に巻き込まれるなど、予想もしなかった出来事に戸惑いながらも正しいと信じた行動をとるプロセスとが折り重なって、アイガーはディズニーCEOへと導かれていくことになる。

舞台裏は綱渡りの連続だったスポーツ部門の一大イベントも大成功を収め、社内の注目をあつめたアイガーは手を広げ、エンターテインメント部門を担っていた子会社の社長となり、その後にグループの社長に昇格。そこで今度は、ディズニーがABCを買収するという出来事があった。当時のABCとディズニーはおよそ同じ規模感であり、それまでのエンターテイメント業界で史上最大級の買収劇といえるものだった。そのまま彼はディズニーのメディア部門トップ、さらに同社のナンバーツーへと駆け上がっていく。そして創業家との内紛で前任のCEOが退任を余儀なくされ、ディズニーの6代目CEOに就任するのである。

周囲を驚かせた、スティーブ・ジョブズからのピクサー買収

雑用係からCEOに至るまでのプロセスもドラマチックだが、本書のハイライトはむしろCEO就任後の第2部にある。ディズニーのCEO就任に当たり、アイガーは3つの経営ビジョンを掲げる。1つめは、良質なオリジナルコンテンツを創り出すこと、2つめはテクノロジーを最大限に活用すること、そして最後が真のグローバル企業になることだ。

最初に取り掛かったのが、良質なコンテンツづくりだった。ディズニー・アニメーション作品は1990年代にヒット作を出して以降、長い低迷期に陥っていた。対照的に当時、アニメーション業界の先頭を走っていたのが、ピクサー・アニメーション・スタジオである。ピクサーはこのとき、世界初のフルCG作品で世界的大ヒット作を連発していたのだ。

アイガーのCEO就任以前からディズニーとピクサーは提携していたが、ピクサーを率いるスティーブ・ジョブズが、官僚的で意思決定が遅いディズニーとのやりとりに辟易し、両社の関係は悪化していた。「二度とディズニーと付き合わない」と公に宣言していたほどだった。

だが、アイガーはCEO就任後、周囲が驚くような行動に出た。それはピクサーの買収である。ディズニーのアニメーション部門は、社内の改革では再建できない。そう判断し、ピクサーの買収によってアニメーション部門を再建しようとしたのだ。ディズニーを軽蔑していたジョブズが、ピクサーの売却を受け入れるわけがない。周囲の誰もがそう諭したが、アイガーはジョブズをいかに口説くかに思考を巡らせる。そして勇気を振り絞り、ジョブズに電話をかけ、買収話を切り出すのだ。

イノベーターたちが繰り広げるドラマチックな展開

付け加えておくと、こうした事例における具体的なシーンや会話のやりとりが、こと細かに描写されていることも、本書の面白さである。アイガーとジョブズはすぐに会うことになり、ジョブズは自らホワイトボードにピクサー売却のメリットとデメリットを書き出していく。そして、アイガー氏のビジョンを聞いたジョブズは、最終的に「ジョンとエドが賛成すれば、その時は真剣に考えたい」と告げる。スティーブと共にピクサーのシンボルともいえるリーダーだったジョン・ラセターとエドウィン・キャットマルを、ジョブズはピクサー買収のキーマンに指名したわけだ。

ディズニーに飲み込まれると、ピクサーの創造的な文化が失われる。ジョンとエドの2人にそう思われては、買収話は進まなくなる。そう考えたアイガーは、その後各々に会いに行き、ディズニーのアニメーション部門の再建を託したい旨を告げる。特にエドはディズニーのアニメーションに憧れを抱いた原体験があったため、その会社の再建を託されたことで心が動かされていくのだが……。話はそう簡単にはいかなかった。

何しろピクサー買収のリスクは巨大だ。当時のディズニー・アニメーションは長らく経営が低迷していたが、ピクサーは時価総額60憶ドルを超える上場企業であり、買収金額は74憶ドルだった。そのため、アイガーは社員や投資家、取締役会から一斉に無謀だと反対されることになる。最終的に、ジョブズとジョン、エドの3人を取締役会に呼び、両社が1つになるビジョンを語ってもらうことで、取締役会の空気が変わり、買収は承認に至るのだが、イノベーターたちが織りなすドラマチックな展開は、まさに圧巻だ。

そして、さらにドラマチックなのがその先の物語。買収を発表する予定時刻の1時間前、アイガーはジョブズから散歩に誘われることに。ジョブズは友人などの親しい人に散歩をしながら重要な話をする習慣があったのだ。ひょっとすると、買収の中止を切り出されるかもしれない。そう考えたアイガーにジョブズは、意外な話を切り出す——。と、ここは本書の読みどころの1つであるため詳細は控えよう。舞台裏が気になる人は、本書で確認してほしい。

「人と話し、心を動かす」ことで状況を切り開く

アイガーは、マーベル・エンターテイメントとジョージ・ルーカス率いるルーカスフィルムの買収も企て、結果的には2社の買収を成功させている。また、テクノロジーの活用というビジョンを、インターネット配信サービス「ディズニープラス」の提供で実現させ、真のグローバル企業への脱皮というビジョンについても、上海ディズニーランド開園で道筋をつけた。そうした姿を知ると、経営者の仕事とは、詰まるところビジョンを掲げ、その実現のために人と話し、心を動かし、状況を切り開くことなのだ、と実感させられる。

本書のタイトルは、『ディズニーCEOが実践する10の原則』であり、「前向きであること」「勇気を持つこと」「集中すること」「誠実であること」など、リーダーに必要な原則が10個記されているが、本書の読みどころは、アイガーがディズニーをいかに経営したか、その事実にこそある。つまり、10の原則はそうした事実から導かれた教訓であり、そこに至る物語を知ってこそのものなのだ。

ディズニー映画さながらのエンターテインメント本として、経営の真髄がつまったビジネス書として、さらに当事者が描く激変期のメディア史のノンフィクションとしても読める、繰り返しページを開きたくなる1冊である。

ディズニーCEOが実践する10の原則のイメージ

■書籍情報

書籍名:ディズニーCEOが実践する10の原則

著者 :ロバート・アイガー(ROBERT IGER)
ウォルト・ディズニー・カンパニー会長・前CEO。1951年生まれ。1974年、ABCテレビ入社。スタジオ雑務の仕事から昇進を続け、41歳でABC社長に就任。ディズニーによるABC買収を経て、2000年にディズニー社長に就任。2005年よりCEO、2012年より会長。2020年2月、CEOを退任。2019年タイム誌「世界で最も影響力のある100人」および「ビジネスパーソン・オブ・ザ・イヤー」に選出された。

訳者 :関 美和(せき みわ)
翻訳家。杏林大学外国語学部准教授。慶應義塾大学文学部・法学部卒業。ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務めた。訳書にウィット『誰が音楽をタダにした?』(早川書房刊)、ロスリングほか『FACTFULNESS』(共訳)など多数。

※本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです。

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