2026.07.14 NEW
蓄電池はAI・半導体とESGをつなぐ重要パーツ 成長戦略で強まる経済安全保障の観点 野村證券・棚橋研悟
写真/タナカヨシトモ(人物)
AI・半導体関連が株式相場のけん引役として注目される中、高市早苗政権の成長戦略の一環として、ESGに相当する脱炭素投資も打ち出される見通しとなっています。なぜこのタイミングで脱炭素が成長戦略の柱の1つとして存在感を示しているのでしょうか。野村證券経済調査部、シニアエコノミストの棚橋研悟が解説します。
(注)ESGは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの要素を重視する考え方であり、企業への投資や経営において、長期的な収益性だけでなく持続可能性や社会的責任を考慮することを意味する。
成長戦略に「GX」や「クラウド・データセンター、蓄電池」が記載
- 政府の成長戦略で、脱炭素の位置づけはどのようになっていますか。
-
高市政権の財政運営が投資家の注目を集める中で、今回、成長戦略に脱炭素投資が盛り込まれる見込みになりました。その中でも特に象徴的だと捉えているのが、「主要な製品・技術」に明記された「蓄電池」です。政府の蓄電池戦略が6月に改訂されたのですが、そこでAI・半導体やデータセンターと蓄電池の関係性が、経済安全保障の文脈で多く示されるようになったことが背景にあると考えています。以下で、詳しく見ていきます。
政府は2026年6月24日に開いた経済財政諮問会議と日本成長戦略会議の合同会議で、成長戦略の重点17分野に含まれる「主要な製品・技術等」への官民投資額と、その下での中長期的な経済・財政の姿に関する試算を示しました。2027~2040年度の累計官民投資額は総額で約370兆円と見込まれており、中でも「AI・半導体」分野は101.6兆円と突出して大きくなっています。
エネルギー・環境関連は、
(1)「資源・エネルギー安全保障・GX(グリーントランスフォーメーション)」(2040年度までの累計投資額は28.8兆円)
を掲げ、「水素等」や「洋上風力」、「次世代革新炉」などへの官民投資額が大きくなっています。また、
(2)「フュージョンエネルギー」(同:3.1兆円)
(3)「クラウド・データセンター、蓄電池」(2035年度までの累計投資額:32.7兆円)
も該当するとみられます。これらを合わせると65兆円程度であり、一定の存在感があると言えるでしょう。(注)GXはGreen Transformation(グリーントランスフォーメーション)の略称。温室効果ガスを発生させる化石エネルギー中心の産業・社会構造を、太陽光発電などのクリーンエネルギー中心なものへと転換する取り組みのこと。
蓄電池は当初は「主要な製品・技術」に含まれていませんでしたが、成長戦略会議ではたびたび取り上げられてきた経緯があります。今回示された投資額のうち、公的支援の割合は明らかになっていません。「クラウド・データセンター、蓄電池」のうち、蓄電池の投資配分は明らかではありませんが、総額の3~5割程度だとすれば、上記の(1)~(3)の合計として、エネルギー・環境関連では累計5.6~6.4兆円の公的支援だと試算できます。
蓄電池は「経済安全保障」と「脱炭素」をつなぐ重要パーツ
- 蓄電池戦略の改訂は何がポイントになりますか。
-
政府は6月2日、「蓄電池産業戦略」を「蓄電池・電源産業戦略」として改訂しました。目立つのは、経済安全保障を強く意識した記述の増加です。政策の柱の1つである「国内基盤拡充のための政策パッケージ」には、「企業がサプライチェーン一体となって行う経済安全保障に資する投資を後押しする」と明記されました。蓄電池支援についても、「経済安全保障推進法」に基づく施策であることが随所に示され、蓄電池政策における経済安全保障の位置づけが一段と強まった形です。
| 2022年 蓄電池産業戦略 |
2026年 蓄電池・電源産業 戦略(案) |
主な相違点 | ||
|---|---|---|---|---|
| 政策目標 | 1st Target | 目標:液系LiBの製造基盤の確立 | 目標:国内製造基盤の確立 | 改訂前は「液系LIB中心・材料まで」だったのに対し、改訂後は部素材・製造装置・電源システムを含む総合基盤へ拡張 |
| 2030年までに蓄電池・材料の国内製造基盤150GWh/年を確立 | 2030年から2030年代半ばに国内製造基盤150GWh/年 | |||
| 2nd Target | 目標:グローバルプレゼンスの確保 | 目標:グローバルプレゼンスの確保 | 改訂前は製造能力(GWh)重視、改訂後は売上高・付加価値・市場獲得重視へ転換 | |
| 2030年に我が国企業全体で600GWh/年の製造能力確保 | 日本企業のグローバル市場での蓄電池関連売上高を2025年から2035年に3倍に | |||
| 3rd Target | 目標:次世代電池市場の獲得 | 目標:次世代電池市場の獲得 | 改訂前は全固体電池中心、改訂後は全固体+先進液系LIBへ広がる | |
| 2030年頃に全固体電池の本格実用化、2030年以降も技術リーダー維持 | 2030年頃に全固体電池の本格実用化、2030年代半ばに向けて需要規模に応じた製造基盤確立 | |||
| 政策の柱 | 技術・ビジネス | 1. 国内基盤拡充のための政策パッケージ | 1. 国内基盤拡充のための政策パッケージ | 改訂後は、改訂前の枠組みを引き継ぎつつ、サプライチェーン強靱化、データセンター用途、製造装置、パワー密度、総合蓄電ソリューションなど追加 |
| 2. グローバルアライアンスとグローバルスタンダードの戦略的形成 | 2. グローバルアライアンスとグローバルスタンダードの戦略的形成 | |||
| 3. 上流資源の確保 | 3. 上流資源の確保・サプライチェーン強靱化 | |||
| 4. 次世代技術の開発 | 4. 次世代技術の開発 | |||
| 市場創出 | 5. 国内市場の創出 | 5. 国内市場の創出 | 改訂前はEV・定置用の普及が中心、改訂後はそれに加えAIデータセンター、新用途、マルチユースなどにも拡大 | |
| 環境整備 | 6. 人材育成・確保の強化 | 6. 人材育成・確保の強化 | 改訂前は制度整備の方向性提示が中心、改訂後はリサイクルの実運用・実装段階への移行、さらに国際制度調和・第三者認証・バッテリーパスポートなど強化を盛り込む | |
| 7.国内の環境整備強化 | 7. 国内の環境整備強化 | |||
(出所)経済産業省資料より野村證券経済調査部作成
-
「経済安全保障推進法」は、重要物資の安定供給確保、基幹インフラ役務の安定提供確保、先端的重要技術の開発支援、特許出願の非公開の4制度で構成されます。政府は蓄電池を「特定重要物資」に指定しており、国産化を進めてきました。これまでに総額6,700億円程度の助成を行っています。
改訂後の戦略では、用途の多様化とリサイクル強化も打ち出しました。エネルギー密度に加え、出力性能なども含めて多角的に競争力を高める方針で、AIデータセンター向けの大きな蓄電・電力制御需要のほか、ドローン、無人搬送車、AIロボットなどへの広がりを見込んでいます。
- AI・半導体と蓄電池は成長戦略ではどのように位置づけられる見通しですか。
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蓄電池は成長戦略会議の「AI・半導体」と「デジタル・サイバーセキュリティー」でも議論の対象となっていました。「AI・半導体」は、AIの急速な発展を踏まえた「強い経済」の実現や次世代半導体の開発・生産力強化を扱います。「デジタル・サイバーセキュリティー」は、DX(デジタルトランスフォーメーション)やサイバーセキュリティーなどが主なテーマです。いずれも経済安全保障の観点が強く意識されています。
「AI・半導体」の主眼はAIの高度化や半導体の量産技術強化であり、蓄電池はそれを支える「デジタル産業基盤」の一要素と位置づけられます。高市政権は経済安全保障を重視しつつ、脱炭素政策も継続する方針です。両者を同時に追求する中で、デジタル産業基盤の構築に欠かせない「裏方」として、蓄電池の役割は一層重要になるとみられます。
AI・半導体の電力需要増を蓄電池が支える構図に
- 蓄電池は、電力需給の安定への貢献も期待できそうですか。
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電力需要の面では、日本の電力消費はこれまで減少傾向が続いてきましたが、今後はデータセンターや半導体工場の新設により増加に転じる見通しです。政府がAI・半導体分野に注力すれば、データセンターによる恒常的な電力需要の増加が見込まれます。
(注)電力広域的運営推進機関(広域機関)の2026年1月時点の見通し。
(出所)電力広域的運営推進機関資料より野村證券経済調査部作成
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他方、電力供給では、政府は第7次エネルギー基本計画に基づき、電源構成(電力を作るエネルギーの種類で分類した発電設備の割合)のうち再生可能エネルギーの比率を徐々に高める方針です。もっとも、再エネは天候などの条件で発電量が左右されるため、供給の安定性が課題となります。
(出所)経済産業省資料より野村證券経済調査部作成
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データセンターによる恒常的な電力需要の増加が見込まれる一方、供給側では再エネ比率の上昇により、需給の安定的な調整が課題となります。蓄電池を活用すれば、電力供給の平準化を図りつつ、脱炭素と需要増への対応を両立しやすくなるでしょう。
脱炭素社会の実現は、化石燃料への依存度を下げるという意味で経済安全保障の強化にもつながります。AI・半導体とESG・脱炭素は、経済安全保障という目標に向かう中で車の両輪になり得ますが、電力をどう確保するかという観点からは両立が難しい側面もあるかもしれません。そこをうまくつなげてくれる車のシャフトのような役割を、蓄電池が担ってくれるのではないかと考えています。
- 野村證券 経済調査部 シニアエコノミスト
棚橋 研悟 - 2015年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。以来一貫して日本経済の分析を担当。2024年からはESGチームにも所属。2024年米コロンビア大学SIPAにてMPA(Master of Public Administration)を取得。
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