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#書評

認知症から財産を守る―専門家が説く『世界一やさしい家族信託』

2022年08月24日

高齢化が進む日本では、65歳以上の認知症者の数が、2025年には約700万人に達するといわれており(注1)、同世代の約5人に1人が認知症になると予測されている。認知症のリスクは誰しもあるだけに、人生100年時代を安心して暮らしていくためには、さまざまな備えが必要だ。

人生100年時代において、最も大切なのは「老後のための生活資金」を確保することかもしれない。しかし、同時に生活費や介護費用を準備しておいたとしても、認知症で判断能力が低下したり、突然の病気やケガで意思表示ができなくなったりと、大切な財産を十分に管理できなくなるリスクも考えておかなければならない。

今回紹介する『世界一やさしい家族信託』(クロスメディア・パブリッシング)では、万が一のリスクに遭遇した場合でも、財産を守ることができる「家族信託」について詳しく説明している。
本書では、司法書士である著者・山田 愼一(やまだ しんいち)氏が取り扱った事例を交え、家族信託の基本的な知識からメリットまでを幅広く紹介しているので、その内容の一部を見てみよう。

(注1)出典:厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」

信頼できる家族に財産を託すのが“家族信託”

財産の管理や運営を、信頼できる家族に託すのが「家族信託」だ。意思・判断能力がしっかりしているうちに、家族へ財産の管理や運用を託すことで、万一の場合にも資産を有効に活用できる。

「家族信託」は、成年後見制度のように財産を管理する人(後見人等)を家庭裁判所が選任するのではなく、家族間の話し合いで契約を締結することができるのも特徴のひとつで、それぞれが、(1)委託者、(2)受託者、(3)受益者という役割を担う。

  1. (1)もともと財産をもっている人=委託者
  2. (2)財産の管理・運用・処分などの権限を託された人=受託者
  3. (3)財産から発生する収益を得る人=受益者

(山田愼一『世界一やさしい家族信託』<クロスメディア・パブリッシング>p.15より引用)

例えば、賃貸マンションやアパートといった収益不動産を所有している人が、認知症などで判断能力が低下してしまうと、リフォームや入居者の募集もままならず、売却や解体などの処分もできなくなり、資産の有効活用が困難になってしまう。

そこで、不動産の所有者である父親=(1)委託者が、あらかじめ、長男を(2)受託者にして、保有する不動産の管理運営を託しておけば、(2)受託者は(1)委託者の同意がなくても、リフォームや入居者の募集、売却や解体などの処分ができるようになる。また、不動産の収入や売却代金を受け取る(3)受益者を、財産を残したい特定の家族にすることや、所有者本人にして生活費や治療費に充てることなどができ、希望に沿った内容で契約を取りまとめることができる(注2)

(注2)信託契約の内容によって、所得税や贈与税が課税される場合がある。

このように、家族信託を「する・しない」で、「できること・できないこと」がかなり変わってくる。その様子を整理すると次のようになる。

例)父親が病院で認知症と診断されたケース

家族信託をしていない場合

  • 認知症であっても、本人の同意なしに財産を移すことは難しい
  • そのまま亡くなってしまうと法律に則って財産権が移転し、「預貯金が凍結されてしまい、遺された家族の生活費が引き出せない」といったことになる

家族信託をしている場合

  • 託された家族が、財産の管理・運営・処分ができる
  • 父親の意思を引き継いだ形で財産の管理ができる

山田愼一『世界一やさしい家族信託』<クロスメディア・パブリッシング>p.14~15をもとに編集部作成)

家族信託には成年後見制度や遺言書にないメリットも

家族信託は信託法の改正により、平成19(2007)年に施行された制度だ。どんなメリットがあるのか、背景を踏まえながら見てみよう。

1.認知症や脳梗塞などのリスクに備えることができる

認知症や脳梗塞などで入院して正常な判断ができなくなった場合においても、本人の同意なしには家族であっても預貯金を引き出すことや、不動産といった財産を管理・処分することは難しい。財産を勝手に利用されるリスクはないものの、それがあだとなってしまい、例えば治療費が必要になっても本人の口座からお金を引き出せず、家族が困ってしまうことがある。しかし、事前に家族信託をしておけば、契約の範囲内で財産の管理・運用リスクを回避できるため、家族に迷惑をかけずにすむ。

認知症や突然の病気・ケガによる入院は誰でも起こる可能性があるだけに、突然の事態に備えておける点で、家族信託にはメリットがあるといえるのではないか。

2.成年後見制度との違いは?

似たような制度に、認知症などの理由で、判断能力が十分ではない人が利用する「成年後見制度」がある。

成年後見制度は裁判所が定めた後見人に、財産の管理や契約手続きなどを任せられる制度で、後見人は預貯金の引き出しや不動産の売却などができる。悪質業者などからの勧誘で契約してしまった場合でも、後見人なら契約を取り消すことができるため、認知症対策には有効な手段になるだろう。

しかし、本人にメリットがない行為や、資産を有効に受け継ぐための生前贈与などでも、本人の資産を減らす行為はできず、さらに、司法書士や弁護士などの専門家が後見人になった場合には報酬が必要だ。

後見人ができることは、あくまでも「本人のための資産の保全」です。そのため、資産を長期的に増やすための投資、主に相続税を軽減するための対策等はできません。

(山田愼一『世界一やさしい家族信託』<クロスメディア・パブリッシング>p.29より引用)

これに対して家族信託は、受託者に財産の保全義務があるものの運用や投資といった資産活用も可能で、その収益を受益者に譲ることができるなど、成年後見制度にない自由度がある点がメリットだ。

3.遺言書ではできないことができる

相続時であれば、本人の意思が書面になって明示されている遺言書も有効な手段のひとつとなるが、遺言書の効力は本人が亡くなった後であることに対し、家族信託は生前から効力が生じる点が大きく異なる。

家族信託は財産を託す側と、託される側、あるいは財産で得た利益を受ける側との間で結ぶ契約ですから、書面に明記さえすれば財産を託す側が生きていても、亡くなった後でも有効となるのです。

(山田愼一『世界一やさしい家族信託』<クロスメディア・パブリッシング>p.23より引用)

このように、家族信託には遺言書にない自由度の高さがあることから、遺言書と家族信託を併用するケースが増えているという。

家族信託をするための手順

では、実際に家族信託を利用する場合、どのような手続きを踏めばいいのだろうか。本書では、契約の締結にあたっては、専門家(司法書士・税理士・行政書士・弁護士等)に相談することを推奨している。一例として、著者(司法書士)が相談を受けた際の、手順を下記のように紹介している。

  1. 相談者からのヒアリングで、目的を明確にする
  2. 専門家を交えながら、親族で話し合いをする
  3. 信託契約の内容を決定する
  4. 家族信託に必要な手続きを行う

(山田愼一『世界一やさしい家族信託』<クロスメディア・パブリッシング>p.60より引用)

また、契約に向けた話し合いの際には、次のポイントをはっきりさせる必要があるという。

  1. どのような目的で信託するか
  2. どの財産を信託するか
  3. 誰が受託者になるか
  4. 誰を受益者にするか
  5. 期限はいつからいつまでか

(山田愼一『世界一やさしい家族信託』<クロスメディア・パブリッシング>p.62より引用)

話し合いがまとまったら、家族信託で受託者に任せる財産など、具体的な内容を信託契約書で明らかにしよう。家族間で話し合いがまとまり、契約に合意していることが明らかであれば、契約書に決まった形式はないとされている。しかし、契約書の紛失や、契約内容に齟齬が生じた場合に備え、公正証書を作成するのが一般的だ。また、家族信託をするにあたり、受託者は委託者から信託された財産を、自己の財産とは分別して管理する必要があるため、金融機関に家族信託専用の財産管理口座を開設し、信託財産を分別管理することも必要になる。

家族信託にはさまざまなメリットがあるが、その一方で、受託者を誰にするかで、家族間でもめてしまう可能性がある。家族信託では、受託者・受益者ともに複数名にすることができるので、話し合いがスムーズに進まない場合には、「受託者は長男だが、受益者は兄弟全員にする」など、皆が納得する決め方をすると良いだろう。なお、受託者を複数にすると、受託者を誰にするかの話し合いはまとまるかもしれないが、実際に財産を管理・運用・処分しようとした際に、意見がまとまらず手続きが進められなくなる可能性もある。必要に応じて、専門家のアドバイスを受けながら話し合いを進めていくといいだろう。

また、万が一の際に財産を託せるのはうれしいものの、勝手に使われてしまうのではといった懸念も抱くかもしれない。確かに、信託が始まると、委託者は財産を自由に扱う権利を失ってしまうが、本書で触れているような心構えで臨むといいのではないか。

まずは発動する日を決め、委託者が元気なうちから受託者に財産管理を任せてみるというくらいの構えで臨めることが大切でしょう。

(山田愼一『世界一やさしい家族信託』<クロスメディア・パブリッシング>p.131より引用)

自らの意思で管理・監督できる時期から、信頼できる家族に少しずつ財産を託してみるという安心感もあるのかもしれない。

このほかにも、家族信託をどう活用したらいいのかなど、疑問点は多いことだろう。本書では具体的な事例を交えて紹介しているので、詳細は書籍にて確認してほしい。

【作品インフォメーション】

山田愼一(著)
『世界一やさしい家族信託』

2019年、株式会社クロスメディア・パブリッシングより発行。

野村證券では、家族信託専用の証券口座を開設し、ご家族が受託者となってお預けいただいている有価証券の管理・処分を行うことが可能です。万一の場合の備えとして家族信託をご検討される際には、ぜひ、野村證券お取引店のパートナーにご相談ください。(注:野村證券では、個別の家族信託契約書の作成支援や雛形のご提供等は行っていません。)