「遺言書」作成のススメ トラブルを回避する相続対応策

2023月11月16日

遺産を巡る争いは、どの家にも起こりうる!?

令和4年(2022年)の司法統計を見ると、家庭裁判所に持ち込まれた遺産分割事件は1万2,981件だった。裁判には持ち込まれなかったものの、相続をきっかけに兄弟の関係に亀裂が入ったというケースも耳にする。財産を残す側としては「自分が亡き後も家族が仲良く過ごしてほしい」と願うのではないだろうか。遺言書と聞くと「資産家だけの問題」「自分が作成する必要はあるのか?」と構えてしまうかもしれないが、資産の多い少ないにかかわらず、作成するメリットは大きいという。

今回は、遺言書作成のメリットや作成上の注意点について、相続税を専門とする税理士事務所、税理士法人チェスターの東京本店代表を務める河合厚(かわい あつし)さんにうかがった。

Q. 相続をスムーズに進めるために、「遺言書」は有効なのでしょうか?

遺言書の存在が、相続トラブルの発生を減らす

相続税の申告・納付期限は被相続人(財産を残す人)が亡くなったことを知った翌日から10カ月以内です。そのため、意外と時間が少なく、遺産分割について相続人同士で十分な話し合いができないことがあります。相続時に遺言書がある場合、原則として遺言書の内容に基づき相続が行われるため、資産の受け継ぎがスムーズになりやすく、遺産分割面だけではなく日程面でもトラブルを避ける効果があります。一方、遺言書がない場合には、法定相続人全員で遺産分割の方法を決める「遺産分割協議」が行われます。ただ、故人の財産を把握するところからスタートしなくてはいけないため、資産の洗い出しや、話し合いは必要以上に体力・気力の消耗が予想されます。

実際、誰がどの財産を相続するかでもめて、遺産分割協議が難航するケースは多々あります。また、相続税の申告期限に間に合わないと、税制上優遇される「配偶者の税額の軽減※1」や「小規模宅地等の特例※2」といった優遇制度が利用できなくなってしまいます。生前から、こうした優遇制度を考慮した遺言を作成しておくことで、制度を有効に活用することが可能になります。相続人同士が遺産分割協議でもめるリスクを減らすためにも、遺言書を残しておいたほうが良いといえるでしょう。

※1 配偶者の税額の軽減
被相続人の配偶者が相続する財産が、1億6,000万円または法定相続分相当額のどちらか多い金額までは、配偶者に相続税がかからない制度。
※2 小規模宅地等の特例
被相続人、または被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族が、事業または居住に使っていた宅地などを相続した場合に、土地の評価額を最大80%減額できる制度。

なお、遺言書がある場合でも、遺言書の内容に不備があったり、相続人と、相続人以外の受遺者、遺言執行者全員が承諾した場合には、遺産分割協議となるケースもありますが、そのような場合でも遺言書で被相続人の意向が決まっていると、スムーズに話し合いを進められることが多いようです。

自分の財産のすべてを整理しておくことで、相続漏れを防ぐことができる

遺言書を作成する場合、まずは、自分の財産をすべて記載した「財産目録」を作成します。そして誰に何を相続させるのかを遺言者(遺言を作成する人)本人が決めます。自分の意思にのっとった相続が計画できるのが遺言書を作成するメリットです。また、遺言書作成時に自分の資産を洗い出すことで「相続漏れ」を防ぐメリットもあります。最近は、インターネット上で銀行や証券・保険、暗号資産の取引をする人も増えていますが、これらの資産を残された家族が把握するのは難しいものです。財産目録から漏れていて、遺産分割が終わった後に追加で資産が見つかった場合には、改めて相続配分を見直すための協議が必要となります。残された家族の負担を軽減するためにも、全資産を網羅した遺言書(財産目録を含む)の作成が必要です。

遺言書を作成する際には、家族の気持ちに配慮が重要

せっかく遺言書を作成しておいても、家族の気持ちをくんだ内容ではないと、遺言者が亡くなった後にトラブルになるケースがあります。例えば、遺言者が事業をしている場合、事業を継承する子どもに多くの財産を残すケースが多いのですが、その他の相続人が平等ではない配分に納得できない場合、相続財産の割合が少ない相続人が「遺留分侵害額請求※3」をするなどしてトラブルに発展することもあります。

※3 遺留分侵害額請求
遺留分とは配偶者、子、親などの相続人が、被相続人の財産から法律上取得することが保障されている最低限の取り分(配偶者・子:法定相続分の1/2、親:同1/3)のこと。遺留分に相当する財産を受け取れなかった場合、贈与や遺贈を受けた人に対して遺留分を侵害された額の支払いを請求することができる。この請求を遺留分侵害額請求という。

良かれと思った財産分割の計画も、意図が伝わらなければ争いのタネになりかねません。そのため、遺言書の作成に先だって、自分の思いをあらかじめ相続人全員に伝え、話し合うことが大切といえるでしょう。

Q. 「遺言書」があることによって、税金を減らす工夫もできるのでしょうか?

誰に何を引き継ぐかで、相続税額が大きく異なる

相続税に関してはさまざまな制度や特例があるので、誰に何を引き継ぐかによって相続税額が大きく異なるケースがあります。しかし、突発的に起こった相続のタイミングで、遺産分割協議をした場合、このような制度や特例を知らずに分割を決めてしまうことが多いのです。

例えば、夫婦で夫が先に亡くなった場合、自宅を妻が相続するケースはたいへん多いです。しかし、自宅に子が同居していた場合などでは、あえて相続時に自宅を妻に相続させず、子に譲るほうがトータルの相続税額でみると有利になるケースもあります。将来発生する二次相続時(いずれ妻が亡くなった際の相続を想定)には、夫から妻が相続した自宅や財産(相続発生時に残っていたもの)に加え、妻独自の財産も、すべてが相続財産になった上、「配偶者の税額の軽減」制度が使えません。そうなると、一次相続の時点で、子があらかじめ「小規模宅地等の特例」を使って相続しておくことで、二次相続で生じる相続税を抑えられるケースがあるのです。

また、相続財産が自宅(土地・建物)のみで、子二人が推定相続人、かつ相続人の一人が同居していた場合も、あらかじめ資産分割方法を考えておくことで、有利な相続が実現できます。本来、現金がないため、子二人で平等に分割するには家を共有分割、または売却して現金化して相続することになります。しかし、不動産は相続税評価額より実勢価格(売却時)のほうが基本的に高いため、売却せず不動産のままで相続するほうが、相続税を抑えることができます。さらに、同居家族が、自宅を相続し、他の相続人に代償金を支払う「代償分割※4」により相続することにすれば、同居家族が取得する土地には「小規模宅地等の特例」が適用され、土地の評価額を最大80%減額させることができ、また、代償金(現金)を受け取った側についても、相続財産としての代償金の額を自宅の評価額に見合った額に減額できます。このため、共有分割のケースや家を売却して相続するケース(実勢価格)よりも抑えた相続税ですむことになります。

※4 代償分割
遺産の分割にあたって、居宅など分割が困難な現物を相続する場合など、現物を取得した人が他の相続人への債務を代償金として支払うことによる財産分割方法。

こうした相続税負担額を抑えた有利な遺産分割を実現するためには、税制を把握した上での検討が必要です。いざ、相続が発生した後であわただしく行うとうまく活用できないケースもあるため、あらかじめ遺言を用意しておくとスムーズに相続を進めることができるでしょう。特に都会など地価が高い地域に住んでいる場合には、より大きな節税効果が期待できます。

Q. 自分で遺言書を作成するのと、公正証書遺言を作成するのとどちらが良いでしょうか?

よく用いられる遺言書としては、自分で作成する「自筆証書遺言」と、公証人と一緒に作る「公正証書遺言」の2種類があります。どちらにもメリット、デメリットがあります。

自筆証書遺言のメリットとデメリット

自筆証書遺言のメリットは、自分で作成できて費用もかからないので、気軽に作成できる点です。当方の税理士事務所で扱う相続税申告では、遺言書を作成する人の4割程度が自筆証書遺言を選択されています。以前は、自筆証書遺言はすべて自筆である必要がありましたが、平成31年(2019年)1月13日施行の民法改正により「財産目録」についてはパソコンでの作成も可能になったため負担が減りました。
デメリットとしては、自分で好き勝手に作成したばかりに形式不備で無効になってしまうケースがあることです。遺言書作成には厳格なルールがあるため、無効にならないようにどのように作成するかをしっかり確認する必要があります。自筆証書遺言を作成するときの注意点については、法務局のホームページなどで確認することができます。また、自筆証書遺言は、本人が亡くなった際に遺言書が見つからないといったリスクがありますが、令和2年(2020年)7月に、自筆証書遺言書保管制度ができ、自筆証書遺言を法務局に預かってもらうことができるようになりました。この制度を利用することで、遺言書の紛失・亡失の恐れや、また相続人等の利害関係者による遺言書の破棄、隠蔽、改ざんなどを防ぐことができます。この保管申請手数料は3,900円です。こうした制度を活用し、所在を明らかにしておくと良いでしょう。

公正証書遺言のメリットとデメリット

公正証書遺言とは、公証役場で公証人に遺言書を作成してもらう遺言書です。作成した遺言書は公証役場に預けることになり、全国どこの公証役場からでも確認できます。公正証書遺言を作成するメリットは、遺言書作成のプロである公証人に確認してもらえること。その結果、書式や法律の面で漏れがなく有効な遺言書を作成できます。また、遺言書は公証役場で保管されるため偽造防止にもなります。せっかく作った遺言書を形式不備などで無効にしたくない場合には、公正証書遺言の活用が安心です。
デメリットとしては、遺言書を作成する際に原則として公証役場を訪ねる必要があるなど、手間がかかることです。公証人のほか、2名の証人を確保する必要もあります。また、公正証書遺言作成には公証役場に支払う手数料も必要です。財産の額により手数料は異なりますが、数万〜数十万円です。

また、自筆証書遺言にせよ、公正証書遺言にせよ、税理士や弁護士などの専門家と内容を相談して作成する場合には、別途費用を支払って専門家を交え作成することになります。遺産分割対策、相続税節税対策、納税資金対策を考慮した遺言書を作成したいのであれば、税理士への相談がおすすめです。税制は毎年のように見直されますので、相続の専門知識がある税理士にアドバイスを受けるのが安心といえるでしょう。費用は財産の価額などによって異なりますが、おおむね20万円〜と考えておくと良いでしょう。

遺言書は財産内容が変わる都度での更新が必要

遺言書は、一度作成したとしても、資産総額の変化や、不動産の売買など資産構成の変化などによって見直しを行う必要があります。理想としては、資産の変動がある都度、遺言を更新するのが良いのですが、公正証書遺言の作成には費用がかかってしまいます。特に財産が数億円を超えるような場合には、作成のたびに、数十万円かかるケースもあります。少し裏技的な話ですが、一度、公正証書遺言を作成し、その後は自筆証書遺言で更新する方法もあります。もちろん更新を行った場合、公正証書遺言、自筆証書遺言にかかわらず、最新の日付の遺言書が優先されます。遺言の作り直しを行う場合、相続人がスムーズに対応できるように、生前にどの遺言書が最新かも伝えておくと良いでしょう。
なお、遺言書には「付言事項」という項目を付け加えることが可能です。付言事項では「今までどうもありがとう。これからも家族仲良く暮らしてほしい」など相続人に向けてのメッセージを残しておくこともできます。手続き的な事項だけではなく、遺言者の気持ちを伝えるための一言を書いておくのもおすすめです。
(河合 厚氏・談)

相続財産を大切なご親族により多く受け継いでもらうために

まだまだ先のことと思っていても、いつ発生するか分からないのが相続です。いざ相続が発生すると、原則10カ月程度で相続税の申告・納付が必要になり、故人を想う中での事務手続きは想像以上にご親族の負担になることもあります。
早い時期から相続のことを考えるのは縁起でもないという考え方もあるかもしれません。しかし、早く準備を進めておくことによって、より多くの資産を引き継ぐための手段を講じることが可能です。
野村證券では、相続分野に長けた税理士とともにお客様の大切な資産のスムーズな引き継ぎをご支援いたします。


プロフィール

河合 厚(かわい あつし)
税理士法人チェスター東京本店代表

国税庁にて、税務署署長、国税不服審判所の審判官、税務大学校専門教育部主任教授などを歴任し、相続を専門とする税理士法人チェスターに入社。同社にて審査部部長を兼任する他、東京国際大学特任教授も務める。