白洲次郎が愛したカレー。洒落者の“こだわり”が込められた一品を訪ねる

2019年5月15日

日本国憲法の成立に大きな貢献を果たしたことで知られる男、白洲次郎。次郎は、英国仕込みのダンディズムとこだわりを持つ洒落者であり、生粋の「オイリー・ボーイ」として車を愛する道楽者でもあった。

そんな彼が家庭で日常的に食していたこだわりのカレーライスを提供する店が都内に存在するという。当時のレシピをそのままに再現し供するレストラン、「武相荘(ぶあいそう)」に足を運び、件のカレーライスを味わってみた。

白洲次郎という「とにかくカッコいい男」

明治35年(1902年)、兵庫県に生まれた白洲次郎。彼を語る際に真っ先に挙がるトピックは、終戦後に吉田茂首相の懐刀としてGHQと対等に渡り合い、日本国憲法の成立に貢献したという歴史的功績であろう。だが、この人物にはそれだけでは語り切ることはできない魅力がある。

白洲次郎(写真提供:旧白洲邸 武相荘)

英国・ケンブリッジ大学への留学を通して培った国際感覚や紳士道を「プリンシプル」として昇華し、生涯にわたり自身の信条を貫き通したその生き様や、180cmを超す長身と端正な顔立ち。英国仕込みのトラッドスタイルに根ざしたスーツの着こなし。若くしてベントレーを所有し晩年までポルシェを乗り回したという「オイリー・ボーイ」ぶりや、日本でいち早くから「白シャツ&ジーンズ」というスタイルを実践していたという伊達者ぶり。

そんな数々の逸話やエピソードを知れば知るほどに、「この人物は、実は物語の中の存在なのではないか……」とすら思えてきてしまうくらいに特別で、無理やり一言でまとめるのなら「とにかくカッコいい男」と言うほかない。

そんな白洲次郎が通った飲食店については、同氏についての評伝や関連本を読めばその名前をいくつか具体的に知ることができる。しかし、その生き様や流儀を全身で感じながら、同氏が愛した料理を味わうことができる場所は、この場所をおいて他にないだろう。東京・町田市鶴川にある「武相荘」だ。

白洲次郎が愛した場所で、愛した料理を

「武相荘」は、白洲次郎とその妻である随筆家・白洲正子が1943年に移り住み、以来、終の住処として愛した旧邸宅である。現在は同夫妻の足跡や生活ぶりを伝える施設として一般公開されており、その敷地内の一つの建物がレストランとなっている。

歴史を感じさせる佇まいが、「白洲次郎のカレー」への高揚感を煽る

敷地の奥にある茅葺き屋根の建物が白洲次郎・正子が過ごした母屋で、同夫妻にまつわる資料や記念品などが展示されている。実際に使われていた書斎や囲炉裏といった生活空間の中で、愛用品やゆかりある品々に囲まれれば、時をこえて在りし日の彼らの息づかいを感じることができるだろう。

そして、その母屋の手前に建っているのがお目当のレストランだ。往時、2階は子ども部屋、1階は木工好きでもあった次郎の「工作所」などに使われていたというが、現在では1階と2階の間にあった床がぶち抜かれ、開放感たっぷりの空間となっている。

かつては工作所だったとは思えない、落ち着いた雰囲気の店内

注文すべきはもちろん、白洲家に伝わるレシピを再現した「武相荘の海老カレー」。ランチタイムにのみ供される同店の名物メニューであり、次郎が“日常的に食していた味”が楽しめる一皿だ。

じっくり煮込まれた玉ねぎやじゃがいも、セロリ、にんじんの旨みと、香辛料の控えめながらほどよい辛み、瑞々しい歯ごたえの海老の甘みが一体となった味わいは、上品にして美味。「野菜嫌いの次郎が、カレーに添えられたキャベツだけは残さずに食べた」というエピソードをもとに、たっぷりと添えられたキャベツも特徴的だ。

野菜嫌いの次郎でも食べられるよう、カレーの具材はしっかりと煮込まれている

白洲次郎・正子夫妻の長女の夫であり、現在は「武相荘」の館長を務める牧山圭男氏によると、このカレーの誕生には次のようなエピソードがあるという。

白洲次郎・正子夫妻の長女の夫であり、現在は「武相荘」の館長を務める牧山圭男氏

「正子の兄がシンガポールを訪れた際、友人の家で非常においしいカレーを食べ、その作り方を教わって、持ち帰りました。以来、(白洲正子の生家である)樺山家では定番メニューとして作られていたのですが、ある時、次郎が『女房の家のカレーだから』ということで食べ始めたのが、白洲家の日常的なメニューになったきっかけです」

このスープもまた、白洲家で味わわれていたものだという

この一皿を通して次郎のこだわりに触れるためには、「食べ方」も肝心である。牧山氏によれば、次郎はカレーを食する際にはフォークを使っていたという。西洋ではスプーンはあくまでスープに使われるものであり、カレーライスを西洋食の延長として捉えていた次郎にとって、フォークで食することこそが正統だったのである。英国仕込みの紳士道やマナーを身につけ、日々の生活においても徹底していた次郎らしいエピソードだ。

カレーの食べ方の「プリンシプル」と言ったら大袈裟に過ぎるかもしれない。しかし、味だけではなく“食べ方”へもこだわる武相荘のカレーには、食するだけで次郎の美学を感じることができるような、なんともいえない贅沢な味わいがある。

生活を楽しみ尽くすために、必要なこと

「プリンシプル」といえば、牧山氏は次のような話も教えてくれた。

「『プリンシプル』の本来の意味は『原理原則』ですが、白洲次郎はその言葉を意訳して『筋を通して生きること』というように説明していました。彼にとって、『プリンシプル』を持っているということは、“基礎がしっかりしている”ということでもあるのだと思います。そして、遵守すべきものを踏まえた上での自由を、非常にうまく楽しんでいたのではないでしょうか。お酒や食事も含めて、生活そのものを非常に楽しむ人でしたから」

自身の信条を貫き通しながら激動の時代を駆け抜け、晩年まで人生を楽しみ尽くした男、白洲次郎。そんな彼の生き様を五感で楽しむことのできる「武相荘」のカレーを食べながら、これからの人生をより楽しむために自分自身の「プリンシプル」を見つめ直してみてはいかがだろうか。

【インフォメーション】

武相荘

白洲次郎・正子が愛し終の住処とした「武相荘」内の一角にあるレストラン。ランチではご紹介したカレーのほか松花堂弁当やクラブハウスサンドウィッチを、ディナーでは季節の食材を使った各種の洋食をコースで提供。席数は74席(室内36席、テラス30席、バー8席)。


所在地/東京都町田市能ヶ谷7-3-2
TEL/042-708-8633(レストラン直通)
営業時間/カフェ&ランチ:11:00 ~ 17:00(ランチL.O.15:00、カフェL.O.16:30)、ディナー:18:00 ~ L.O.20:00
定休日/月曜
目安金額/ランチ:¥3,000~、ディナー:¥6,000〜 ※「武相荘の海老カレー」は¥2,100円
アクセス/小田急線 鶴川駅 北口下車、徒歩15分