“カレーにカツをのせてくれ”―千葉茂が発明したカツカレーを、発祥の洋食店で堪能

2020年2月12日

その卓越した守備とバッティングにより、日本プロ野球の歴史にその名を残す千葉茂(1919~2002年)。現役引退後も指導者や解説者として球界に貢献し、その生涯を通しての功績が認められ1980年には野球殿堂入りも果たした人物である。

しかし、そんな彼が、とある料理の「生みの親」であったことをご存じだろうか? その料理とは、子どもから大人まで国民から愛されるカレーライスにカツレツをのせた一皿――カツカレーである。

今回は、千葉茂が同料理を「発明」した現場である銀座の老舗洋食店「銀座スイス」を訪れ、千葉茂の注文を再現したという一皿を当時のエピソードとともに堪能する。

伝説の野球人―“猛牛”千葉茂が行きつけた料理店

1919年、愛媛県西条市に生まれた千葉茂は、プロ野球や大学野球に数々の名選手を輩出していた名門・愛媛県立松山商業学校の野球部に入部し、1935年の甲子園で、同校は悲願の夏大会初優勝を成し遂げる。

千葉はその後、プロ入り。広い範囲をカバーする堅牢かつ華麗な守備と、右方向への流し打ちを得意とする巧みなバッティングをあわせ持ち、“猛牛”という愛称で多くの野球ファンに親しまれた。

川上哲治らと共にプロ野球の黄金時代を牽引した。1947年から7回連続でベストナイン選出(二塁手としては歴代1位タイ記録)という快挙を成し遂げるが、1956年に現役を引退し、その後も指導者や解説者として立場を変えながら、生涯に渡り球界に貢献し続けた。

昭和22年創業の伝統ある「カツカレー発祥の洋食店」

そんな千葉茂がカツカレーを発案する舞台となったのは、銀座にある老舗洋食店「銀座スイス」。当時と変わらない味を提供し続ける同店では、当時、千葉が注文した「日本で最初のカツカレー」を再現した一皿を堪能することができるのだという。

老舗の名店で融合した、カレーとカツレツ

千葉が同店をはじめて訪れたのは昭和23年(1948年)頃のこと。当時、所属チームのユニフォームをつくっていた洋服店が銀座にあり、そこの店主からの紹介により同店を訪れた千葉は同店を気に入り、試合の前後やプライベートの時間に足繁く通うようになったそうだ。

「銀座スイス」は昭和22年(1947年)創業の老舗の洋食店。同店の創業者である岡田進之助さんは、「天皇の料理番」として名高い秋山徳蔵と共に、日本における西洋料理の基盤を築き上げた往時の名店「宝亭」と、首相官邸・国会記者クラブの総料理長をつとめた人物だ。そんな岡田進之助さんが、高価であった西洋料理を「より多くの方に食してもらおう」という理念のもとに開店したのが、この「銀座スイス」である。創業の地は銀座7丁目だが、移転を経て、現在は銀座3丁目で営業を行っている。

どこか懐かしさを感じるような、あたたかみのある店構え

赤白ストライプのオーニングと煉瓦の壁面が醸し出す「昔ながらの洋食屋」然とした雰囲気に胸を高鳴らせドアを開ければ、上品でいてあたたかみのある空間が待ち受ける。メニューにはオムライスやエビフライなど数々の魅力的な料理が並ぶが、本日のお目当ては「千葉さんのカツレツカレー」である。

はたしてこの一皿は、いつ、どのようにして生み出されたのだろうか? 「それは千葉さんが東京巨人軍で現役選手としてご活躍されていた昭和23年頃のことだったと先代から聞いています」。そう切り出し、「発明」の経緯について教えてくれたのは、同店の3代目である庄子あけみさんだ。

銀座スイス3代目の庄子あけみさん

試合を控えた千葉が、「銀座スイス」を訪れたとあるお昼のこと。とてもお腹を空かせていた彼は、空腹をいちはやく満たすための妙案を思いつき、次のような注文をしたそうだ。

カレーにカツをのせてくれ――。

カレーライスもカツレツも、どちらも千葉茂の大好物。ことカツレツは勝負に「勝つ(カツ)」というゲンを担ぎ、好んで食していたのだそうだ。しかし、それぞれ十分なボリュームがある料理を2品同時に頼むなど、なかなか簡単にできることではないだろう。ましてやその両者を融合させるなんて、カツカレーがまだ存在しない当時からすれば、思いもよらない画期的なアイデアであった。

千葉茂が美味しそうに食べる様子を見て、「これをメニューに入れたら他の方も召し上がるのではないか?」と思い、「銀座スイス」ではこの料理を「カツレツカレー」の名称で「本日の特別料理」として裏メニュー的に提供することにしたのだそうだ。しかし、いかんせんもともとは2つの料理を一緒にしたものである。ボリュームが多く、どうしても料理の値段が高くなってしまう。

そこで、より多くの方にこの味を楽しんでもらいたいと考えた当時の料理長の草川秀雄さんは、カツレツの付け合わせをなくすと共にカツを小さくし、手頃な値段で提供した。かくして、「カツカレー」として正式にグランドメニューとなったという。

その後、ある時に千葉茂が「カツカレーの発案者が自身であること」「その舞台が『銀座スイス』であること」を新聞上で語ったことを機に、同店には取材が殺到。お客さんからは大好評だったそうだ。そのことを受けて、3代目の庄子あけみさんは千葉が当時食べた十分なボリュームのものを「千葉さんのカツレツカレー」として、正式にメニューにすることを考えた。

それをメニューに掲載するべく本人に連絡し、無事に承諾を得て現在に至るというわけである。なおボリュームを1人前に調整した手頃な値段の「カツカレー」も、「元祖カツカレー」として現在でも注文可能だ。

「千葉さんのカツレツカレー」¥1,700(税抜)、「元祖カツカレー」¥1,300(税抜)

庄子さんは当時のことをふりかえり、次のように語る。
「現役を引退されてから、しばらくはお店にいらしていただけていない時期があったんですが、メニュー化の連絡をきっかけに、またコンスタントに通ってくださるようになったんです。とても気さくな方で、たくさんのお話をしてくださいました。個人的には、松井秀喜選手が巨人に入団したときに、とても喜ばれていた光景が強く印象に残っています」。

「勝利の味」を堪能し、明日への活力を養う

そんなお話を伺っているうちに、「千葉さんのカツレツカレー」がテーブルにやってきた。まずはその重厚な存在感に目を奪われるが、もちろんこの料理のポイントはそこだけには決して留まらない。

ボリューム満点のカツがのった「千葉さんのカツレツカレー」

既に述べた通り、「銀座スイス」は由緒正しき老舗の洋食店。料理の量のみならず、その質にこそ語るべきところが多々あるのだ。

まずはカレーについて。「銀座スイス」のカレーは、一般的な欧風カレーとは異なり、とろみを出すための小麦粉は使用していない。しかし、玉ねぎに人参、りんご、生姜などすり下ろしたたくさんの野菜と一緒に、ミンチの肉を煮込むことで、自然にとろけるカレーソースとなるのだ。二週間にわたり手間ひまかけて仕込まれたカレーソースは、ほどよい辛さの中にほのかな甘さが感じられる、奥深く上品な味わいが特徴的だ。そしてカツは、上質な国産豚ロースを120g使用。サクッとした衣とやわらかくジューシーな肉の旨味が楽しめるよう、絶妙な揚げ加減で仕上げられている。

そのカレーとカツが一体となり織りなす食感と味わいは、まさに格別。最初からその組み合わせが必然であったかのような、素晴らしさと自然さをたたえている。西洋料理でもインド料理でもない、「日本の洋食屋のカレー」の美味を、存分に堪能することができる。

「銀座スイス」には、確固たる歴史と財産がある。しかし、庄子さんは決してそこに甘んじてはならないのだと語る。

「伝統の味を守りつつも、時流に乗っていくこと。それこそが伝統を継承していくために大切なことだと考えています。心のシャッターを閉めてしまったら、お客様のご要望に応えられません」

新しい試みの例として、同店では新しくシュウマイの販売を始めた。人気メニューであるカツカレーをつくる際に生じるたくさんの切り落とし肉を有効活用できないかと考えた結果、生まれたメニューだ。シュウマイであれば、カツカレーをはじめ他の料理とも一緒に食べられるし、冷めても美味しく食べられるのでお土産にもうってつけである。そしてもちろん、上質な肉を使っているためその味は抜群だ。

慢心することなく日々切磋琢磨し、前を向いて挑戦し続けていく姿勢をも持ち合わせているからこそ、同店はさまざまな一流店が集う銀座という一等地で、70年以上に渡り営業を続けることができているのだ。その堂々と力強く前進していかんとする様は、あたかも千葉茂の愛称「猛牛」のようだと感じる。

ふとお店の壁に目をやれば、そこには千葉茂の直筆によるメッセージが刻まれた色紙が目に飛び込んでくる。

カツカレーは勝利の味がする――。

店内に飾られた、千葉茂のサイン色紙

その勝利とは、同氏のアイデアの勝利であり、それを高いレベルの味で実現し、カツカレーを世に広めることになった「銀座スイス」の勝利でもあるだろう。そして、それは毎日の生活を力強く歩んでいくための「活(カツ)力」をもあたえてくれるはず。新しい時代、新しい一年のはじまりに、ぜひとも食しておきたい一皿だ。

【インフォメーション】

銀座スイス

1947年に創業した老舗の洋食店。「古くて懐かしいけど新しい味!!」をテーマに掲げ、魅力的な洋食メニューを提供する。カレーメニューも、紹介した「千葉さんのカツレツカレー」のほか、「牛ロースのカツレツカレー」や「鶏のカツレツカレー」など多彩に用意。築地に支店あり。席数は22席。


所在地/東京都中央区銀座3-5-16
TEL/03-3563-3206
営業時間/月~土曜 11:00 ~ 21:00(L.O.)、日曜・祝日 10:30 ~ 20:30(L.O.)
定休日/不定休
目安金額/¥1,100~
アクセス/銀座線 銀座駅から徒歩2分、有楽町線 銀座一丁目駅から徒歩3分