スティーブ・ジョブズが愛した“まんじゅう”とは?――赤坂で120年続く和菓子店

2020年12月9日

パソコンはもとより、タブレット型コンピュータ、スマートフォン、音楽プレイヤーなど、多くの産業に革新をもたらし、「21世紀最大の起業家」と称されるスティーブ・ジョブズ。「シンプルこそが最高の洗練」を信条とした彼のものづくりは、日本でも大きな共感を呼び、多くのファンを魅了した。

ところで、そのジョブズが、日本の文化や食に心酔しており、“大の和菓子好きだった”ということをご存じだろうか。

今回は、ジョブズが特にひいきにしていたという赤坂の老舗和菓子店「赤坂青野」の和菓子を紹介する。

スティーブ・ジョブズが愛した日本の文化と食

スティーブ・ジョブズは1955年、アメリカのサンフランシスコで生まれている。21歳という若さでパーソナルコンピュータの会社を創業すると、開発したコンピュータは空前の大ヒット。

パソコン、スマートフォン、タブレット型コンピュータ、音楽プレイヤーといった製品を次々と世に送り出すと、そのミニマルなデザインと高い機能性が評価され、ジョブズは一躍“時の人”となった。

彼の思考や生き方には「禅」の影響が非常に大きかったといわれている。大学中退後、ジョブズはカリフォルニア州の禅センターで、曹洞宗の僧侶である乙川弘文氏に心酔。それ以来、乙川氏を「生涯の師」と慕い、「禅」の世界に傾倒していったそうだが……。いわれてみれば、彼が生み出した製品群の無駄のない美しさは、「禅」の美意識に通じているようにも感じる。

ジョブズはまた、日本の“食”もたいそう好み、シリコンバレーにある和食店「桂月」に足繁く通っていた。残念ながら「桂月」は2011年に惜しまれつつも閉店となっており、ジョブズが夢中になった味を体験することはかなわない。しかし、「桂月」のオーナーであり、料理人である佐久間俊雄さんへのインタビューをまとめた『ジョブズの料理人』(日経BP社出版局編/日経BP)の中に、次のような興味深い一節を見つけた。

日本に行ったスティーブは、東京・赤坂の老舗和菓子店「青野」のまんじゅうをいたく気に入って帰ってきた。カウンターで興奮気味に話し、わざわざ後から店の住所などを書いた電子メールを送ってきたくらいだ。(『ジョブズの料理人』より引用)

そう、「青野」でなら、ジョブズが愛した味を堪能することができるのだ。ちなみに、「桂月」でも何度か自家製のまんじゅうを提供したそうだが、それに対するジョブズのコメントはこんな具合だったという。

「だんだんとよくなっているが、青野にはまだ及ばない」と言う。そして直後に突然、いいアイデアを思いついたとばかりに「費用は全額負担するから、板前をひとり修行に出したらいい」と言い出したのだ。(『ジョブズの料理人』より引用)

ジョブズが「青野」の和菓子をいかに気に入ったかが伝わってくるエピソードである。

カリフォルニアに取り寄せるほど、お気に入りだった一品は?

ジョブズが気に入っていた「青野」こと「赤坂青野」の歴史は古く、江戸時代にまでさかのぼる。もとは「青野屋」を名のり、神田明神の横で飴や駄菓子を商っていたのだが、明治時代になると五反田へと移転。今の前身、餅菓子屋「青野」として、大福、ぼた餅、ようかんなどを扱うようになる。現在地の港区赤坂7丁目に移転したのは1899(明治32)年のことで、2019年には、赤坂に店をかまえて120年目の節目の年を迎えた。

赤坂が商店街として発展し始めたのをきっかけに、五反田から移転

「赤坂」「老舗の和菓子店」と聞いて、敷居の高い店をイメージするかもしれないが、その心配は無用。暖簾をくぐって店に入れば、スタッフの明るい笑顔と色とりどりの和菓子が待っており、誰しも「どれにしよう!」と心躍るはずだ。

ジョブズが愛したまんじゅうとは、いったいどれなのか。店内を見渡したものの、「まんじゅう」という品名の和菓子は見当たらない。もしかして、まんじゅうと別のお菓子を間違えていた? いや、そもそもの話として、ジョブズはどうやって「赤坂青野」を知ったのだろうか?

「じつは、私どももジョブズさんが当店をお知りになった経緯は存じていないのです。ただ、2005年頃だったでしょうか、当店の和菓子をカリフォルニアにお送りしたことがあります。当時はどなた宛てかは知らされていなかったのですが、あとになって受取人はジョブズさんだったと教えていただきました」。こう話してくれたのは店長の武田真人さんだ。

「赤坂青野」本店の武田真人店長

ことのはじまりは、一本の電話だった。話しぶりから外国人だと思われるその電話の主は、青野の和菓子をカリフォルニアに送ってほしいといっている。だが、「赤坂青野」では基本的に海外への発送は受け付けていない。輸送に時間がかかってしまうと品質を保証できないからだ。その時は、電話の主にもそう伝え、丁重に断った。

ところが後日、一人の日本人が来店し、「カリフォルニアに和菓子を届けてほしい」といってきた。その人物は、無理なお願いであるのは重々承知であり、自分がいったん購入した品を送るから、と説明した。「それだったら」と、対応した5代目当主の青野啓樹さんも承諾。以後、2週間おきに和菓子の詰め合わせを送ったそうだ。

「カリフォルニアへの和菓子の発送はおよそ半年間続きました。その後、来店された日本人の方から『実はスティーブ・ジョブズ氏に送っていた』と教えていただいたのです」と武田さん。

なお、『ジョブズの料理人』でジョブズが称賛していた「まんじゅう」については、「海外の方は和菓子全般を『まんじゅう』と呼ぶことがあります。ジョブズさんもおそらくそうだったのではないでしょうか」とのこと。だとしたら、ジョブズのお気に入りは、一体どの和菓子だったのか。

「当店の看板商品である『赤坂もち』は、カリフォルニアに送った詰め合わせに必ず入っていました。また、『ジョブズの料理人』の出版社の方のお話によると、ジョブズさんは当店の『豆大福』もお好きだったそうです」(武田さん)。

あくまで想像の域を出ないが、そのどちらかが、あるいはどちらもお気に入りだったということか。

風呂敷で包む和菓子のスタイルは「赤坂もち」が元祖

「赤坂もち」は小さな風呂敷をほどくと、容器に入ったきな粉とおもちが現れる。風呂敷包みの和菓子は、全国各地でお目にかかるが、きな粉もちを風呂敷包みにするこのスタイルは、3代目が創意工夫したものであり、「赤坂青野」が元祖だという。

風呂敷をデザインしたのは日本画家の加山又造氏。広げた風呂敷の上におもちを置き、きな粉をかけて食べるのが“通”だとか

さっそく、きな粉をたっぷりまぶしてひと口。国産大豆からつくられたきな粉はきめ細かで香ばしく、上品な甘さのおもちとよく合う。おもちに練り込まれたくるみがほどよいアクセントになっている。

ちなみに、『男はつらいよ』シリーズで「フーテンの寅」こと車寅次郎を演じた俳優の渥美清も、赤坂もちをひいきにしていた一人。付き人だった皆川一氏が上梓した『寅さんから学んだ大切なこと』(ナナ・コーポレート・コミュニケーション)には、次のように書かれている。

頼まれた仕事の報告を渥美さんにしている最中に、「ハジメ。『赤坂もち』を買って来い」 そう言われた瞬間、私は「何か失敗したんだ」と悟り、何がいけなかったのかを考えながら『赤坂もち』を買いに行くのです。『赤坂もち』は渥美さんのお詫びの定番であり、それを私が買いに行くところから、お詫びの筋書きが始まっていたのです。(『寅さんから学んだ大切なこと』より引用)

謝罪はお詫びの気持ちと誠意を伝える場。そのセンシティブな場面への手土産に「赤坂もち」を選んだところに、渥美清の「赤坂もち」への、ひいては「赤坂青野」への深い信頼が伺える。

最高級の小豆を贅沢に使い、門外不出の製法でつくられた「豆大福」

続いては豆大福。おもちは見るからにやわらかそうで、小豆がそこかしこにのぞいている。中には粒あんがみっちりと詰まっており、頬張った瞬間、あんの存在感に圧倒された。

豆大福は通年販売している。赤坂もち、豆大福ともに1個から購入できるのがうれしい

「当店の豆大福は、塩味をきかせていません。豆もあんも北海道の大納言小豆を使っており、常連のお客様には『小豆の甘みを堪能できるのがいい』と好評をいただいております」と武田さんはいっていたが、まさにそのとおり。しっかりと甘いのに、重たい印象はまったくなし。

なお、「赤坂青野」には、らむれーずん大福、レモン大福、マスカット大福などフルーツを使った大福もあり、こちらを目当てに訪れる客も多い。「老舗にしてはハイカラなラインアップだな」と意外に思われる方もいるかもしれないが、ここにもちゃんと「赤坂青野」ならではの信念がある。

店内には、昔からの定番和菓子から新作和菓子まで多くの種類が並んでいる

「フルーツを使った大福は、『お客様によろこんでほしい』『和菓子になじみのない方にもおいしく召し上がっていただきたい』という現当主の思いから生まれました。当店は地域に根づいた『町の和菓子屋』です。これからも、小さなお子さんからご年配の方まで、多くのお客様に愛される店でありたいと思っています」

伝統を重んじながらも、客によろこんでもらうためなら革新と創造を厭わない。そんな「赤坂青野」の心意気はジョブズの理念に通じるもの。それを考えると、ジョブズが「赤坂青野」に魅かれた理由が少しだけ理解できた気がする。

「赤坂もち」も「豆大福」も、オンラインでも購入できる(一部、配送不可エリアあり)。ジョブズが生み出したデバイスで音楽を聞きながら、世界的なカリスマが惚れ込んだ和菓子を味わうのも一興。その口福な時間から、ジョブズのような天才的な“ひらめき”を得られる……かもしれない。

【インフォメーション】

赤坂青野 本店

東京・赤坂の地で120年以上続く老舗和菓子店。2020年には和菓子店を舞台にしたテレビドラマにおいて、和菓子の考案・制作指導も務めた。


所在地/東京都港区赤坂7-11-9
TEL/03-3585-0002
営業時間/月~金 9:00 ~ 18:00、土 9:00 ~ 17:00
定休日/日・祝祭日
※新型コロナウイルス感染拡大により、営業時間・定休日が記載と異なる場合がございます。
予算/赤坂もち1個216円(税込)、豆大福1個248円(税込)
アクセス/東京メトロ千代田線 赤坂駅または乃木坂駅から徒歩8分