自転車でアメリカ大陸横断! 50年越しの夢を叶えた男が語る、夢実現の秘訣

2019年5月29日

アメリカ大陸を自転車で横断したい――。21歳の頃から50年以上にわたって抱き続けた夢を、70歳を過ぎてから実現した人がいる。神奈川県藤沢市に住む市川榮一さんだ。

シアトルからマンハッタンまでを4区間に分けて自転車で走りきった。その走行距離は、約5700kmにも及ぶ。東京から大阪までの距離が約500kmであることを踏まえれば、それがいかに驚くべき距離であるかがお分かりいただけるだろう。

退職を機に長年の夢を実現させた市川さんに、夢実現にいたるまでの経緯や、必要な心構えなどを聞いた。

交通事故に遭っても諦めなかった、50年越しの執念

夢の実現、おめでとうございます。様々な苦労があったかとは思いますが、実際に自転車でアメリカ大陸を横断されてみて、いかがでしたか?

ありがとうございます。とにかく、やってよかった。アメリカの魅力は何と言っても雄大な自然です。サウスダコタで、広大な光景を実際に目の当たりにしたときには言葉が出ませんでした。横断中、写真はたくさん撮りましたが、この時の写真が一番気に入っています。広い空と草原が果てしなく続く景色が綺麗で、日本では決して見られない風景だと感じました。思い出すと、今でも涙が出そうになります。

サウスダコタで撮影した、市川さんが一番気に入っているという写真

苦労して達成されたからこその感動というのもあるのでしょうね。アメリカを自転車で横断するのは、言葉にするよりずっと過酷だったのではないかと思います。

もちろん楽ではありませんでした。1日に最低でも100kmは走らなければならないので。スタート地点のシカゴに立ったときは、正直「本当に自分にできるのか?」と不安でした。スタートした後、1日中必死でペダルを漕いだのに、地図上だと1cmくらいしか進んでいなくてガックリしたりもしましたね(笑)。

それでも、とにかくペダルを漕ぎ続けると、少しずつ、少しずつゴールが近づいてくる。そして、ゴールできる日の朝は、もうワクワクが止まらなくなる。友人がゴールにテープを張って待ってくれていたこともあったんですが、あれは感動しましたね。

それは素晴らしいですね。途中で諦めそうになったことなどはなかったのですか?

一番危なかったのはイエローストーンに向かう途中で交通事故に遭ったときですね。ロッキー山脈を越えてイエローストーンに向かって走っているときに後ろからやってきた車に跳ね飛ばされてしまって……。さすがに、「あ、死ぬかもしれない」と思いました。幸い、身体は無事だったのですが、自転車のハンドルが折れ曲がってしまいました。石で叩いて、何とか乗れる形にして走り出したんですが、「ここで終わりかも知れないな」と……。本当に悔しい気持ちになりましたね。

それでも諦めなかった。

はい。街まで何とかたどり着いて自転車を修理しました。

アメリカ横断最後の旅で自転車に掲げていたフラッグには、西海岸から東海岸までの都市名が並ぶ

妥協しない姿勢に脱帽します。

たしかに色々な苦労がありましたが、それでも夢を実現することができたのは、やはり人との出会いのおかげですね。事故の後に助けてもらった人も含めて、旅の最中は本当にいろいろな人に出会い、様々な経験をさせてもらいました。

どんな出会いがあったのですか?

レストランでご馳走してくれる人がいたり、自宅に招いてくれる人がいたり……。中には、弁当を持たせてくれた人もいました。日本に帰ってからも連絡を取っている人もいるんですよ。

街中で出会った人に「日本から来て、自転車でアメリカ横断の旅をしている」と話すと、決まって「クレイジーだ!」と言われるのですが、私としてはそれがむしろ嬉しくて(笑)。そこから話がはずんで、親しくなっちゃうんです。

そういえば、僕を呼び止めた警察官が、旅の記念にと腕章をプレゼントしてくれたこともありました。日本では絶対に考えられませんよね。僕はアメリカのそんなところが好きなんです。旅を通じて、もともと好きだったアメリカが、もっと好きになりました。

夢を実現して、今どのようなことを感じていますか?

今思うのは、自転車の旅だから経験できたことばかりだったということです。雄大な自然を体感できたのも、いたるところで現地の人と触れ合えたのも、自転車だからこそ実現できたことです。大変なこともたくさんあったけれど、自転車で旅をしてよかったと思っています。

引退を機に「50年越し」の夢にチャレンジ

自転車にはいつ頃から乗っていたのでしょうか。

21歳の頃に、テントと寝袋を自転車に積んで九州と四国を一周、旅したのが一番はじめですね。友人を誘ったのですが、とてもじゃないが無理だと言われて、結局は一人旅(笑)。

その後も自転車には乗り続けていて、北海道から沖縄まで、島以外はすべて自転車で走りました。小学生の息子に昔の旅の思い出を話したら、「連れて行ってほしい」と言われて、一緒に青森から1300km走ったこともあります。

市川さんのご自宅は、渡米の度に買い集めてきた様々なアンティークグッズに満ちていた

お子さんとも一緒に自転車の旅をされたなんて、とても素敵なお話ですね。アメリカ横断の夢はいつ頃から抱いていたのですか?

最初の自転車旅を終えたときからです。もともとプレスリーが好きだったこともあって、アメリカの自然や文化にはずっと憧れていました。だから、いつかはアメリカを走りたいと思っていたんですが、当時はそんなお金もなくて、“憧れ”でしかありませんでした。

現実的に考え始めたのは、仕事の引退がきっかけです。初めての旅から50年近い年月が経っていましたが、せっかく時間ができたからと、アメリカ横断の計画を立て始めたんです。

どんな計画でしたか?

シアトルからマンハッタンまでを4つの区間に分けて、2週間ずつ走っていくという計画です。それを、別の旅で知り合った若い友人に話していたところ、「一緒に行きたい」というので、連れて行くことにしました。

若い人と連れ立ってのチャレンジだったのですね。

アメリカの旅にはいつも誰かしら若い人と一緒に行っています。本当は一人がいいのですが、「行ってよかった!」と喜んでいる姿を見ると、また連れて行ってしまうんです(笑)。

確かに、自転車の旅を経験すると人生観が変わりそうですね。

本当に変わりますよ! ぜひ経験してもらいたいです。自転車の旅を通じて、考え方や仕事の姿勢もまるで変わるようです。やはりひとつのことを成し遂げたという達成感が人を変えるのでしょうね。最初に連れて行った若い友人の勤める会社の社長から「うちの他の若い社員も連れて行ってほしい」と頼まれて、実際に連れて行ったこともありました。

アメリカで知り合った人たちもそうですが、こうして人との繋がりが増えていったことも、旅をしてよかったと思う理由の一つですね。

本気にさえなれば、障壁なんてあってないようなもの

「自転車でアメリカ大陸横断する」という夢をご家族に話した時の反応はいかがでしたか? とても心配されたり反対されたりしたのではないかと思いますが……。

いえいえ。家族に旅の計画を話したときには、「どうせお父さんは言っても聞かないんだから」と諦め半分で、大して反対はされませんでした(笑)。もともと僕は、やりたいことは周りが何を言ってもやる人間ですから。家族もそのことをよくわかっているんですよね。

市川さんだからこそ、というわけですね(笑)

僕に限らず、障壁なんてあってないようなものです。あると思い込んでいるだけ。本気になれば夢は実現できます。

現在挑戦中のアメリカ縦断の旅の1回目のゴール、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジにて相棒の自転車と

力強いお言葉です。ただ、現実的な問題として、アメリカ横断にはそれなりの予算が必要になるのではないでしょうか?

そんなことはないですよ。1回の旅にかかる費用は、飛行機代や現地での宿泊代や食事代も含めて大体25万円くらい。思ったより安いと思いませんか?

想像していたよりも、ずっと安いですね! でも、渡航費や宿泊費だけでなく、自転車などの道具にもお金がかかるのでは?

道具なんて何でもいいんですよ。僕は道具にこだわるのが嫌で、自転車は国産の8万円くらいのものに乗っています。本格的な自転車に比べたら相当安いですね。ヘルメットなんて、ホームセンターで売っている工事用のものですから。

意外です。良い道具を揃えないと長期間の旅はできないのかと思っていました。

道具より体力のほうがはるかに大事です。さっきも話したように、旅の間は1日に最低でも100kmは走るので、トレーニングしておかないと厳しいですね。僕は旅に出る2ヶ月前からトレーニングを始めるようにしているんですが、おかげで体力に関してはまるで70代らしくないと思いますよ。一緒に行った若者の方が途中でバテていたくらい(笑)。

金額よりも体力や熱意が重要だということですね。

そのとおりです。本気になれば、誰でも挑戦できる金額ですからね。

活力の秘訣は、幅広い年代の人と交流すること

シアトルからマンハッタンまで約5700kmを横断した今、新たにチャレンジしていきたいことはありますか?

アメリカ大陸の横断を実現したので、今度はアメリカを縦に走ろうと考えて、シアトルからサンフランシスコまでの旅を計画中です。

アメリカの旅はまだ終わりではなかったのですね!

今年の5月に、シアトルからサンフランシスコまでを走る予定です。ですが、アメリカの旅は次で終わりにして、今度は別の国を走ってみようかとも考えています。ヨーロッパもいいかもしれませんね。

地図には、これまでの旅の記録、これからの旅の予定がシッカリと書きこまれていた

まだまだやりたいことは尽きないようですね。もし、アメリカ大陸横断という夢を諦めていたら、市川さんの人生はどうなっていたと思いますか?

間違いなく、僕はこんなに元気じゃなかったと思います。アメリカを自転車で旅した理由は、人から褒められたかったからではなくて、自分が満足したかったから。自分のやりたいことをやって満足できている今は、人生にまったく悔いがありません。

市川さんのように、「人生に悔いはない」と断言できる人は少ないかもしれません。

そのためには、やっぱりやりたいことをやる、というのが大事です。僕らの年代だと、仕事を引退してもやりたいことがないという人もいるかもしれませんが、いろんなことからようやく解放されたんだから、もっと楽しんでほしいです。

市川さんを見ていると、本当に人生を楽しんでいらっしゃるなと思います。

はい、毎日が楽しくて仕方がありません。僕にはクラシックカーやオーディオの趣味もあるので、毎朝起きると「今日は何をしようかな」とワクワクするんです。人生が面白いから、元気でいられるんでしょうね。正直、仕事を引退してからの方が元気になりましたよ(笑)。

バイタリティにあふれていらっしゃいますが、何か秘訣があれば教えてください。

いろいろな年代の人と交流することだと思います。世の中にはシニア向けの趣味やツアーなどもありますが、僕は同じ年代の人ばかりで集まるのはあまり好きではありません。しょっちゅう若者たちと一緒に集まって呑んだりしていますよ。

では最後に、市川さんのように「夢を叶えたい」と思っている読者の方にメッセージをお願いします。

夢は人から与えられるものではなくて、自分で見つけるものです。本気になれば、夢は絶対に叶えられます。仕事を引退した後こそ、本当の人生が待っています! 楽しみましょう!

【夢の値段】

  • 渡航費:約40万円(1回あたり約10万円)
  • 宿泊費&食費:約60万円(1回あたり約15万円)
  • 自転車代:約8万円

合計:約108万円

アメリカ大陸を4回に分けて自転車で横断した合計金額

移動に10万円程度の格安航空券を活用しているほか、宿泊もモーテルと呼ばれる格安の宿を利用したり、テントを張ってキャンプしたり(街がないエリアを走る場合)と、旅そのものの費用は控えめ。1回あたりの自転車旅にかかったのは、25万円程度だ。特に「夢の実現」のために特別に資金の積み立てを行っていたわけではないという。


プロフィール

市川榮一(いちかわ えいいち)

1944年生まれ。神奈川県藤沢市在住。製薬会社勤務を経て、建築関係の会社に転身。その後、自身で会社を立ち上げる。71歳の時に次男に事業を譲って引退。現在に至る。