閑中忙あり (かんちゅうぼうあり)

念願のロックバーを開店。学生時代からの夢を実現した男に学ぶ、行動することの大切さ

2019年6月26日

ロックとお酒と本を、心ゆくまで楽しめる場所をつくりたい――。神奈川県川崎市に住む竹宇治理夫さんは、そんな学生時代に抱いた夢を定年後にみごと実現させた人物だ。2009年に川崎市にオープンしたアナログレコード専門のポップス&ロックバー「Tears Drop(ティアーズ ドロップ)」には、竹宇治さんが学生時代から収集してきた約3,600枚にもおよぶレコードと、こだわりぬいてセレクトされた珠玉のウイスキーが並ぶ。念願の「夢の空間」を手に入れた竹宇治さんに、夢を叶えるまでの道のりや背景にあった思いを聞いた。

学生時代から思い描いていた、「夢の空間」

アナログレコードがとにかく圧巻です。まずは、このお店をつくろうと思った経緯を教えてください。

川崎駅から徒歩5分に位置するお店Tears Drop

まだ会社に勤めていた頃、ちょうど50歳の誕生日に「定年後に何をして暮らすか」ということについて真剣に考えてみたんです。そのときに学生時代に抱いていた「ロックとお酒と本を楽しめる場所をつくりたい」という夢を思い出しました。以来、定年後にロックバーをオープンするという計画をあたため続けてきました。

このお店は、学生時代から思い描いていた「夢の空間」というわけですね。

大学生の頃、渋谷のジャズ喫茶に行って本を読みながら音楽を聴いているのが、とても好きだったんです。ただ一方で、「かかっている音楽がロックだったらもっといいのに…」と思ったりもしていた。お酒も好きだったので、「ロックと本とお酒」という3つを同時に楽しめる場所がほしかったんですよ。ちなみに、今お店にあるスピーカーは、その頃にジャズ喫茶で見て、憧れていたJBLというメーカーのものなんです(笑)。

好きなものに囲まれていたい、という気持ちはよくわかります。その頃はどんなアーティストの音楽を聴いていたのでしょう?

僕が大学生活を送っていたのは1970年前後。ハードロックやプログレッシブロックなど新しいロックミュージックが花開いていく時代でした。レッド・ツェッペリンやグランドファンク・レイルロード、CCR、ピンク・フロイドやキング・クリムゾンなど、たくさんの魅力的なアーティストがいて、彼らがつくり出す音に夢中になっていましたね。

ロックにのめり込んでいったきっかけを教えてください。

10歳上の兄がいるのですが、彼が大学に入ってから色々な音楽のレコードを家でかけるようになったんです。最初はハワイアンやカントリー&ウエスタンだったのですが、ある時からプレスリーをかけるようになって……。それを聴いたときに、「これはすごいな」と衝撃を受けました(笑)。小学生の高学年の頃だったと思います。それが最初のロックとの出会いでしょうか。

毎日誰かがリクエストするため「この曲が流れない日はない」という、イーグルス「ホテル・カリフォルニア」のジャケット

中学に入ってからは兄にビートルズを教えてもらい、熱心に聴くようになりました。ビートルズといえば、中学2年生の頃、調子に乗ってビートルズのレコードを学校に持っていったら、先生に見つかって没収されてしまったという思い出もあります(笑)。今では考えられないことですが、当時はビートルズのアルバムを持っているだけで「不良」と呼ばれた時代なんですよ。

その後、教科書にすら載ったアーティストなのに(笑)。さて、お店のもう一方の主役であるお酒へのこだわりも気になるところです。

自らが試飲し気に入ったものしか置かないという、こだわりのお酒

ウイスキーが好きで、「高級酒を銀座でボトルキープすること」に憧れていたんですが……。一生懸命バイトをしてもそこには届かず、もっぱら大学から近い新宿のゴールデン街などで飲んでいましたね(笑)。そこで、お酒について色々なことを教わりました。ちょっと生意気なことを言うと、まわりのおじさんたちからすぐにゲンコツが飛んでくるような感じでしたけどね(笑)。

本当にウイスキーの奥深さにハマっていったのは、40歳位の頃からなんです。仕事の関係で、とあるシングルモルトウイスキーを飲んだ時に、「なんておいしいお酒なんだ!」と感動。自分の中のお酒観が変わってしまいました。

定年から、わずか4ヶ月半でロックバーをオープン

お話を伺っていて、竹宇治さんがロックとお酒を本当に愛されていることが、とてもよく分かりました。「ロックバーをオープンする」という夢を実現させるまでには、どのように準備を進めていったのですか?

55歳のときに「いよいよ(定年までの)カウントダウンが始まったな」と思いました。そこで、会社では部下たちに自分たちが担当していた仕事のことを教え、夜は本格的にロックバー巡りを始めました。ロックバー巡りでは、とにかくたくさんのお店に足を運んで、街の雰囲気、お店とお客さまとの相性、店内に流れている音楽、居心地などについて、リサーチしていましたね。

その頃にはもう、川崎にお店を出そうと決めていたのですか?

前の職場が銀座だったこともあって、最初は銀座を検討していました。でも、銀座はとにかく賃料が高い(笑)。雑居ビルの隅っこの方にロックバーがあったりもするんですが、数年で違うお店に変わっていってしまうんですよ。そういう流れを見ていて、「やはり銀座は厳しいな……」と思いましたね。
当時から川崎に居を構えていましたし、妻の実家にも近いし、夜どんなに遅くなっても歩いて帰れる川崎にお店を開くことに決めました。

お店を始めると話したときの奥様の反応はいかがでしたか?

バーテンダースクールで習得したというステア

最初に妻に話をしたのは55歳のときでしたが、まったく本気にしていませんでしたね。60歳で定年を迎えて、1ヶ月後にバーテンダースクールに通い始めることになったのですが、そこでようやく、本気だということに気づいたみたいです(笑)。

定年後、すぐに行動を起こされたのですね。

そうですね。1ヶ月間だけですが、バーテンダースクールでカウンターの内側の仕事について教わりました。その後、物件探しを始めたのですが、十数軒見てもピンとくる物件がなくて、今お店が入っているこの物件に出会ったのは探し始めてから2ヶ月目くらい。妥協はしたくなかったし、退職金などで生活するための資金はあったので、物件探しは焦らずにやっていた感じです。

場所が決まってから実際にお店がオープンするまでは、どのぐらい時間がかかったんですか?

だいたい1ヶ月半くらいですね。あっという間にまっさらの状態になって、そこからどんどん内装工事が進み、今のこのお店の状態になりました。初めての経験だったので、「こんなに早く形になるんだ」と驚いたのを覚えています。

「お店を開く」というのは大変なこと。それを定年からたった4ヶ月半で実現させてしまったことにも驚きます。

ラッキーだったと思います。PR会社時代に仕事で関わった方からの紹介で、お酒の仕入れがスムーズにできたし、レコード会社時代の知人にレコードを譲ってもらったりもできましたから。

それまでのキャリアで培ったものが、夢の実現に生かされているわけですね。お店である以上、売り上げの部分での不安もあったのでは?

お店の売り上げを生活の基盤にしようとしていたなら、とても不安だったと思います。でも僕の場合は、年金などで生活資金のベースは確保できていたので、最低限お店のランニングコストの分だけ売り上げを出せれば十分だった。そんなこともあって、「何とかやっていけるだろう」と気楽に考えていました(笑)。

ただ、「とにかく3ヶ月やってみて、収支がこのくらいマイナスになったらすっぱりやめよう」と線引きはきちんと決めていました。好きで始めたのだから、失敗してもしょうがない――。そう思っていましたね。

「人生で2度目の主役がまわってきた!」と感じた日

学生時代からの夢だった、「ロックとお酒と本を楽しめる店」のオープンを迎えたときはどんなお気持ちでしたか?

それはもう、とにかく嬉しかったですね。会社員時代の同僚や知人がたくさんお店に来てくれました。変な例えかもしれないのですが、「結婚式のときみたいだな」と感じていましたね。誰もがみんな手放しで自分のことを祝福してくれることなんて、滅多にないじゃないですか(笑)。だから、「人生で2度目の主役がまわってきた!」という気持ちでしたね。

確かに、2度も主役になれるのは貴重な経験です。オープン後、お店は順調でしたか?

開店時はとにかく嬉しかったと語る竹宇治さん

とてもありがたいことに、最初の1ヶ月は会社員時代の関係者がたくさん遊びに来てくれたので、ランニングコスト以上の売上を達成することができました。「3ヶ月でダメだったらやめる」が杞憂に終わってよかったです(笑)。

今年の5月にはオープン10周年を迎えられます。この10年を振り返ってみて、どのような感想お持ちですか?

正直「よく10年も持ったなあ」と思いますね。お店を始めようと思ったときは、「何人ぐらいのレコードファンの方が遊びに来てくださるのだろうか」という心配もありました。でも、僕が思っていた以上にアナログレコードの音が大好きで、大好きなアーチストの曲を聴きながらお好きな洋酒を楽しみたい方がいらっしゃり、しょっちゅうお店に足を運んでくださった。お客様には本当に「感謝」以外の言葉がありません。ありがたいことです。

そして、たくさんのお客様に来ていただけたのは、このアナログレコードのコレクションがあったからこそ。その意味では、10周年を迎えることができた最大の功労者は、このアナログレコードたちかもしれません(笑)。これからの時代は特色のあるお店しか生き残らないとも言われていますし、少しずつでもいいので、アナログレコードはもっと増やしていきたいですね。

後悔しないように、「とにかくやっちゃいなさいよ!」

大きな夢をひとつ実現されたわけですが、これから先、目標やチャレンジしたいことはありますか?

お店を持って初めて「人生って楽しく面白いな~」と感じましたので、「体力が続く限りやっていきたい」というのがいまの目標ですね。「お店を継ぎたい」というありがたい申し出をいただくこともあるのですが、もう少しこの楽しく面白い人生を頑張っていきたいので、丁重にお断りしています(笑)。

「もっと若い頃からお店を始めていれば、人生がもっと楽しくなったかも」と思うこともあるのでは?

「まだまだ働きますよ」という竹宇治さんからは、お店を経営する楽しさが伝わってくる

「もっと体が元気だった頃にお店をやりたかったな」という思いは、多少あります。定年を迎えると、今までの無理がたたって、体にガタがくるので(笑)。だけど、会社員生活をまっとうしてお店をはじめたからこそ、お客様に共感してもらえたり、応援してもらえたりしているのも事実。大学生時代は「サラリーマンになりたくない」なんて思っていたし、転職も経験しましたが……。あらためて振り返ってみると、無事に定年を迎えることができたのは僕自身にとってとても喜ばしいことだったのかなと思っています。

素敵なお話をありがとうございました。最後に、竹宇治さんのように「夢を叶えたい」と思っている読者の方にメッセージをお願いします。

何かをやるときにはお金がかかったりもしますが、それに臆せず「やりたいと思った事はやったほうがいいですよ」と伝えたいですね。もし挑戦して失敗したとしても、何もやらないで欲求不満を溜めたままでいるよりはずっといいと思うんですよ。
そして、定年後に何かをやりたいと考えているなら、早めに決めて行動を始めた方がいいようにも思います。僕自身のことを振り返っても、時間が経つのは本当にあっという間ですから。だから、「とにかくやっちゃいなさいよ!」というのがアドバイスですね(笑)。

【夢の値段】

  • 開店費用一式:約1,000万円
    (賃貸料、内装工事費、備品費など)

合計:約1,000万円

規模や出店エリアによって異なってくるところはあるものの、バーの開店費用としては平均的な額なのだという。内装工事費や備品代などを含むが、「Tears Drop」の最大の特色たる大量のアナログレコードの値段はこの金額に含まれていない。参考までの情報となるが、お店に所蔵されているレコードの一部は、ピーク時に13万円もの値段が付いたことがあるという。


プロフィール

竹宇治理夫(たけうじ のりお)

1948年生まれ。神奈川県出身。レコード会社勤務を経て、40歳の頃にPR会社に転身。定年後、川崎にポップス&ロックバー「Tears Drop」をオープン。現在に至る。

【インフォメーション】

Tears Drop

アナログレコードとウイスキーにこだわった"大人"のバー。
50年代~80年代にヒットした洋楽ロック・ポップスを、アナログレコードで楽しむことができる。厳選したブレンデッド・ウイスキー35種、シングルモルト28種を取り揃える。席数は11席(カウンター9席、テーブル2席)。


所在地/神奈川県川崎市川崎区砂子2-8-1 シャンポール川崎互恵ビル103号
TEL/044-223-1978
営業時間/19:00 ~ 25:00
定休日/日曜・月曜・祝祭日
目安金額/¥3,000~ ※楽曲のリクエストは、ドリンク1杯のオーダーにつき1曲まで
アクセス/JR 川崎駅から徒歩6分、京浜急行 京急川崎駅から徒歩7分