打って健康、食べて健康――50代からの「そば打ち」で広がる世界

2020年1月15日

そばを通して人の生活を豊かにし、地域を活性化させたい――。埼玉県熊谷市に住む高橋侑一さんは、そんな思いを胸に「NPO法人 熊谷そば打ち会」の代表として、日々の活動に勤しんでいる。

自宅の向かいにはそば打ちのための専用スペース「そば小屋」を設置。NPO代表として仲間たちと日々の業務を忙しくこなしながらも、週に2回のそば打ちは欠かさないという高橋さん。そば打ちに開眼したきっかけや、そばの魅力などについて話を聞いた。

ロマンが詰まった「そば小屋」

――高橋さんは、そば打ちのためだけに「そば小屋」を建てられたと伺っています。

自慢のそば小屋

いまから10年くらい前でしょうか。それまでは自宅の台所でそばを打っていたんですが、粉が飛ぶのでとにかく掃除が大変。気兼ねなくそば打ちができるためのスペースが欲しくて、農家だった女房の実家の片隅を借りて6畳くらいのプレハブ小屋を建てたんです。

それから5年くらい経った頃、自宅の前の土地が手に入ったので、そこに移築して現在に至ります。

――趣味に打ち込むための独立した空間を持つというのは、とてもロマンを感じます。「そば小屋」には水道や電気も引いてあるんでしょうか?

外に出ることなくそば打ちができるように、水道、電気も引きました。週に2回は「そば小屋」でそばを打つので、なかなか食べきれないのですが、残った分は冷凍しておいて後で食べるようにしています。おかげで、毎日一食は必ずそば。私のモットーは「一日一“麺”」です(笑)。

――美味しいそばが毎日食べられるというのは、うらやましい。つくったそばを人に配っても喜ばれそうですよね。

小屋の中には、こだわりの道具が取り揃えられている

そうですね。親戚が集まるときに、自分で打ったそばを持っていくこともあるのですが、とても喜んでもらえます。ご近所の方にお分けするなど、日常生活のコミュニケーションに使えることも、そば打ちの魅力ですね。

――趣味として面白いだけでなく、実生活のコミュニケーションにも役立つのはいいですね。

そうですね。それと、そばは健康にもいいんですよ。そばに含まれている「ルチン」という栄養素は、抗酸化作用や、毛細血管を強くする効果が期待されています。私も、毎日そばを食べているおかげなのか、毎日元気に過ごすことができています。そばを打つときは全身の筋肉を使うのでいい運動にもなりますし、そば打ちは健康維持にも役立っていると感じます。

簡単にできると思っていたが失敗の連続

――そば打ちを始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

「最初は簡単かと思っていた」と高橋さん

趣味としてそば打ちを始めようと思いたったのは、退職間際の頃でした。55歳での早期退職を目前に控え、「人生はまだ長いし、何か趣味でも見つけないとな」と思っていたんです。そんなとき、ふと立ち寄ったそば屋さんで、お店の方がそば打ちをしている姿をみて、「これなら自分にもできそうだ」、と。もともとそばが大好きだったこともあり、さっそくチャレンジしてみることにしました。

――そばが「食べる対象」だけではなく、「つくる対象」になったわけですね。ただ、そば打ちを始めようとすると、道具をそろえるだけで大変そうなイメージがあります。

いまはホームセンターに行けば、そば打ちに必要な道具が揃えられるので、そこで購入しました。ほかに準備したのは……。ベニヤの板を買って、そばを打てるように台所の上に敷いたくらいでしょうか。材料については、うどん粉やそば粉などを売っている「粉屋さん」が近隣にあったので、そこで手に入れました。

――思い立ったらすぐに行動する実行力が素晴らしい。実際にそば打ちをはじめてみて、いかがでしたか?

そばの長さは、努力と経験値に比例する

最初は散々でした(笑)。市販の教則ビデオを参考にしながらやってみたのですが、お店で見るようなそばとは大違い。短くてぼそぼそしたものしかできなくて。箸では掴むことができず、スプーンじゃないと食べられないようなありさまでしたね。

――いま振り返ってみて、うまくいかなかった原因は何だったと思いますか?

甘く見すぎていたことでしょうか(笑)。そば打ちには「水回し」「練り」「延(の)し」「切り」という4つの工程があるのですが、最初の「水回し」が全然うまくできていなかったのが失敗の最たる原因です。

――「水回し」とはどんな作業なんですか?

そば粉とつなぎとなる小麦粉、水を混ぜ合わせていく工程です。段階的に水を加えながら、均等に混ぜ合わせなくてはならないのですが、そのさじ加減がとても難しい。でも、美味いそばを打つために一番大事な工程がこの「水回し」なんです。この工程がきちんとできていないと、その後の工程でそばがすぐ切れてしまうんですよ。

そば打ちを通じて得られた仲間こそが財産

――上達のきっかけは何だったのでしょうか。

ある日、女房が市役所に行ったときにロビーで「熊谷そば打ち愛好会」(「NPO法人 熊谷そば打ち会」の前身)の発足と会員募集のチラシを見つけて、持って帰ってきたんです。「こんな会が出来るみたいだよ」とチラシを見せられました。失敗続きで行き詰っていたところだったので、いいタイミングだと思い入会することにしたんです。

――愛好会に入ってみて、一番良かったのはどんなことでしたか?

上達のコツは、きちんとした指導者を見つけることだ

きちんとした指導者に教えてもらえたことですね。ビデオではまったくコツを掴むことができなかったんですが、実際に手取り足取り指導してもらうことで、基本をしっかり身につけることができました。

それと、「人との交流」も愛好会に入ることによって得られた大きな財産だと感じています。仲間たちと、美味しいそば屋を訪ねて旅行に行ったりもしました。同じ興味関心のある仲間を得られたことは大きかったですね。

――新たなスタート地点に立たれてから、“スプーンではなく箸で食べられるそば”を打てるようになるまでに、どのくらい時間がかかりましたか?

2~3カ月はかかりましたね。そば打ちは、とにかく難しいんですよ。16年ほどそば打ちを続けていますが、いまだに「100%、これで完璧」というそばは打てない。先ほどお話しした「水回し」の工程ひとつとっても、使うそば粉の種類はもちろん、時期や時間によっても水加減の調整が必要になります。夏と冬、朝一番とお昼では湿度が異なるので、それを踏まえて水を加えていかなくてはならないんです。

――確かに、それらを完璧にコントロールするというのは至難の業です。高橋さんの“探究の道”は、いまだ途上というわけですね。

そば打ちは最高の趣味だと語る高橋さん

そうですね。そば打ちはとても難しいですが、難しくて、奥深いからこそ面白いんです。

そば打ちを通じた挑戦はこれからも続く

――これからチャレンジしたいことや目標はありますか?

「熊谷そば打ち会」の活動を通して、そば打ち人口を増やすこと。そして、会として地域貢献活動をしていくことですね。熊谷って、静かで災害も少なくてとても良い街なんですが、もう少し活性化させたいという思いがあるんです。

夢のような話ではあるのですが、熊谷には遊休農地がそれなりにあるので、それを活用してそばを栽培し、ゆくゆくはそばの名産地で開催されているような大きな「そば祭り」を実現する。そんなことができればいいなと思っています。

――そのお話を聞いて、「熊谷そば打ち会」がNPO法人として活動されている理由が理解できた気がします。

熊谷そば打ち会の今後に期待だ

2003年から愛好会として活動を続けていたのですが、「このままでは活動に限界がある」と感じて、2016年にNPO法人にしたんです。それからは、市町村に対して「こういうことをやりたいんです」と提案してもきちんと聞いてもらえるようになったので、法人化して良かったなと思っています。

――熊谷そば祭りという素敵な夢が実現することを願っています。最後に、高橋さんのように趣味を通して充実した生活を送りたいと思っている読者に、メッセージをお願いします。

一番伝えたいのは、「まずはやってみよう」ということですね。どんな趣味でも、ある程度の技術を習得するまでには数年は必要。少しでも若いときから始めておいた方が、定年後に充実した趣味生活を送ることができると思います。もし、趣味を探しているようでしたら、ぜひそば打ちをおすすめしたいですね。面白いし、健康にもいいですから、定年後の生活がとても豊かになると思いますよ。

【夢の値段】

  • 麺棒:約5千円
  • こね鉢:約8千円
  • そば包丁:約2万円
  • ベニヤ板や雑費:約1万円
  • そば粉:約1千円(1kg購入として)

合計:約4.4万円

高橋さんはホームセンターで道具を一式そろえたが、愛好会などに入会すればこれらの道具は用意されていることも多いという。道具はこだわればキリがなく、例えばそば包丁では10万円を超えるものもあるとか。なお、高橋さんが「そば小屋」の設置にかかった費用は基礎工事を含めて約50万円。


プロフィール

高橋 侑一(たかはし ゆういち)

1947年生まれ。埼玉県出身。情報・通信関連企業に勤務し、55歳で早期退職。2003年に「熊谷そば打ち愛好会」へ入会。現在、2016年にNPO法人の認証を受け「NPO法人 熊谷そば打ち会」へと名称変更した同会の代表理事を務める。