リタイアメント生活を、より楽しくするためのコミュニケーション術

2023年05月10日

充実した毎日を送りたい。家族や友人、地域の人々、趣味を楽しむ仲間など、大切な人たちと良い人間関係を保ちたい。そんな日々を過ごしたいと考えている人は多いのではないだろうか? しかし、そううまく回ることばかりではない。では、心穏やかにリタイアメント生活を過ごす秘訣はどこにあるのだろうか。

今回は、教育現場や企業などで気持ちのコントロールについて幅広く講演や研修などを行う、コミュニケーションのプロ、安藤俊介さん(日本アンガーマネジメント協会・代表理事)に周りの人との上手なコミュニケーションのコツをうかがった。

良いコミュニケーションをとるには、自分を知ることが大切

ずばり、 “良いコミュニケーション”とは、どのようなものでしょうか?

良いコミュニケーションとは、お互いが理解できる言葉を、お互いにやり取りすることです。こう聞くと、日本語を話す者同士はもちろん、ましてある程度の時間を共有したパートナー同士であれば、「あたりまえにできるのでは?」と思うかもしれません。しかし実際は、お互いを理解できていないことが往々にしてあります。

例えば、「些細なこと」という言葉があります。この「些細なこと」は自分にとっては些細でも、相手にとっては些細でない場合がしばしばあります。自分と相手では何が「些細なこと」なのかの捉え方が違うためです。

一方があたりまえだと思っている知識が、相手にとってあたりまえでなかったり、常識だと思っていることが常識でなかったりすることは、本当によくあることです。しかし、「あたりまえ」と思っているからこそ気づきにくいこともあります。
まずは、言葉の捉え方には違いやズレが必ずあるものと考えておくと、やり取りの仕方も少しずつ変わってくるでしょう。

相手の言葉をしっかり聞き、お互い言葉足らずになりそうな部分をしっかり補っていく。そして、相手がその言葉をどのような意味で使っているかをじっくり考える。そうやって相手を理解しようとする気持ちが、良いコミュニケーションに向けた大きな一歩につながります。

相手を理解する。言うは易く行うは難し、ですね。

はい。確かに難しいです。初対面の相手や年齢差が大きい相手は言わずもがなですが、家族であっても、思い入れが強い分、相手を本当に理解することは難しいかもしれません。そんなときはまず「自分を知る」ことが大切です。

仏教の世界では、自分を知ることを「内観(ないかん)」といいます。内観を行うと、自分は何があったときにうれしさを感じ、心がなごむのか、どんなときに不快に感じたり、悲しい気持ちになったりするのかが分かるようになります。

日常の中で自分の気持ちを意識して振り返り、自分自身を理解するよう心がける。そうすると、コミュニケーションの際に相手から投げかけられた言葉が、自分にどのような影響を与えているのかだんだん分かるようになります。

なるほど。「自分を知ること」なら始めやすそうですね。

コミュニケーションには大きな力があり、自分が揺さぶられることもあれば、相手を揺さぶることもあります。自分を理解したうえで相手を理解しようとすれば、お互いに心地良いと感じられるコミュニケーションがどんなものかが見えてくるでしょう。そして、コミュニケーションがうまくいかなくなることを避ける手立てにも近づきます。

心の持ち方を変えると、自分自身がラクになる

では、ここで日常的にしばしば起こる3つの事例から、自分と相手を理解し、良いコミュニケーションをとるポイントを見ていきましょう。

●事例1
妻が「趣味のサークルに迷惑な人がいた」と言うので、「そういうときは、こうしたほうがいいよ」と自分の経験に基づいたアドバイスをした。しかし、妻はなにやらそのアドバイスに不満がありそうな顔をしている。

【解決策】話し上手より、聞き上手になる
自分の善意が相手に響かないのは、良い気持ちがしません。解決策を提示しているのだし、理路整然としたコミュニケーションのはずです。しかし、時としてそういったコミュニケーションは裏目に出ることがあります。例えばこのときの奥さまの気持ちはどうだったのでしょう。奥さまは解決策が欲しかったわけではなく、その日にあったことを聞いてもらいたかっただけなのかもしれません。

夫婦間に限らず、世の中には話を聞いてくれる人より、話をしたい人のほうが圧倒的に多いようです。だから話を聞いてくれるだけで相手はうれしくなります。相手の話を聞いてあげることは、経験豊かな人だからこそできること。相づちを打ちながら、相手を否定せずに話を聞く。そして意見を求められない限りは、自分の考えを言わないことも良いコミュニケーションのコツです。

ポイント1
世の中は話を聞いてくれる人より、話をしたい人のほうが圧倒的に多い。
だからこそ、聞き上手を目指す。

聞き上手になるために活用できる、質問のテクニックもあります。

どういった質問方法なのでしょうか?

質問の仕方には、大きく分けて2種類あります。一つは「イエス/ノー」など限られた答えを引き出す「クローズドクエスチョン」。もう一つは、自由な答えを引き出す「オープンクエスチョン」です。聞き上手な人は、このオープンクエスチョンを上手に用います。オープンクエスチョンで質問していくと話が広がり、相手も話しやすくなります。

相手の話が分かりにくいときなど、「つまりどっちなの?」と結論を急ぐ人もいますが、そうすると相手は息苦しく感じてしまうかもしれません。「そのとき、どう思ったの?」「次は何をしたいの?」など、話を引き出すオープンクエスチョンを続けることで、相手も「この人は自分の話を聞いてくれる」と感じ、安心できます。

ポイント2
自由な答えを引き出す「オープンクエスチョン」を活用する。

●事例2
妻に頼まれた洗剤を買ってきたつもりだったのに、「メーカーが違う。なんで、それくらい分からないの?」と言われた。

【解決策】相手に求めすぎない
長年連れ添った夫婦ほど、お互いに「言わなくても分かってくれるはず」と相手に期待し、理解されないと「なぜそんなことも分からないの!?」とモヤモヤしがちなところがあります。強く期待しているからこそ、期待通りにならないとがっかりしてしまう。信頼関係が強いほど、マイナスに働くこともあるのです。
夫婦とはいえ、相手も自分とは異なる人格であることをしっかり理解し、必要以上に求めすぎないことが、良い関係を続けるポイントといえるでしょう。

相手に求めすぎないとすると、どうするのが良いでしょうか?

相手に理解を求めるのではなく、自分が相手を理解するようにしてみてはいかがでしょうか。この買い物の場合、一見して些細なことに思える「洗剤のメーカーの違い」を奥さまはどうしてそんなに気に掛けるのでしょう? 言葉の裏にはどんな思いがあるのでしょう? 分かってくれていると思うからこそ、言えない本心が隠れているのではないでしょうか。例えば、夫が家のことや自分のことに無関心で悲しい、といった気持ちがあるのかもしれません。

ポイント3
相手に理解を求めるのではなく、まずは自分が相手を理解しようとする。

●事例3
友人との待ち合わせで、約束の時間が5分過ぎても相手から連絡がない。遅れるなら連絡をすべきではないかと思えて相手への不満がたまる。

【解決策】「~べき」にとらわれない
この場合、不満に感じるのは全く正しいことです。遅刻した相手につい文句を言ってしまうのも当然のことでしょう。ただ、正論は時として相手に大きなプレッシャーを与えます。「~するべき」について少し客観的に考えてみましょう。

「時間を守るべき」「マナーを守るべき」など、人にはそれぞれ「~べき」という譲れない基準があります。「~べき」は次の3つに分けることができます。

  • ゆるめていい「~べき」
  • ゆるめたほうがいい「~べき」
  • ゆるめてはいけない「~べき」

人として、あるいは何らかの立場にある者として、「それは譲ってはダメだよね」というものを譲る必要はありません。しかし、あらゆるものを譲らずに厳しく接し続ければ、相手とのコミュニケーションは膠着状態に陥ってしまいます。

自分にとって「ゆるめていいもの/ゆるめたほうがいいもの/ゆるめてはいけないもの」が何かを考え、ゆるめていい「~べき」は思い切って手放してはいかがでしょうか。手始めに自分の中にどんな「~べき」があるのかを書き出し、3つに分けてみましょう。自分がどんなことにこだわる性格なのか、思わぬ発見があると思いますよ。

ポイント4
自分にとってゆるめていい「~べき」は、思い切って手放してみる。

自分の中にどんなこだわりがあるのかを書き出すのは、自分を知ることにつながりそうですね。

そうです。ここまで、3つの事例を見てきましたが、いずれも相手を変えようとするのではなく、自分を知り、心の持ち方を変えることが解決策となっています。喜びもイライラも、すべては自分の心が決めています。相手を変えるのは難しいですが、心の持ち方は、変えようと思えばいつでも変えられます。その結果、不要なトラブルが避けられ、自分も相手も心地よくコミュニケーションがとれるのです。

上手なコミュニケーションは、生活にどんな変化をもたらすのでしょうか?

人間関係で悩んだり、イライラしたりする時間が減り、心に余裕ができます。すると、自分のやりたいことや、やってみたいこと、楽しいと感じることに使える時間が増えます。雑事に労力を使わなくなった分、自分のやりたいことに集中できる。それにより人生がより豊かになります。

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

多くの人とコミュニケーションをとるなかで、人は自分の正しさを証明したくなったり、他人の評価が気になったりするものです。しかし、余計なことで悩み、時間や労力をつぎ込んでしまうのはもったいない。そこから離れて、自分が本当は何をしたいのかを考え、やりたいことに集中できれば、毎日がより充実すると思います。

資産形成のご相談は野村證券へ

心地良いコミュニケーションで人付き合いの輪が広がると、自分のやりたいこと、行ってみたい場所など……新たな視野の広がりにつながるかもしれません。
人生を豊かに過ごすには、新しい世界が広がった際に、躊躇することなく挑戦できるためのお金をしっかりと準備しておくことも大切です。人生100年時代、いつまでも楽しく元気に過ごすために、資産形成についても早めに準備しておきたいところです。


プロフィール
安藤 俊介(あんどう しゅんすけ)

(一社)日本アンガーマネジメント協会・代表理事。アンガーマネジメントコンサルタント。新潟産業大学客員教授。怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニング「アンガーマネジメント」の日本における第一人者。著書:『アンガーマネジメント入門』(朝日新聞出版)、『アンガーマネジメントを始めよう』(大和書房)などがある。