暮らすように旅をする。日本人が知らない滞在型バケーションの楽しみ方

2023月7月26日

日本では、観光名所をいかに効率よく見てまわるかが旅行のベースになっている傾向がある。それに対して欧米流の長期バケーションでは日常とは違う場所にゆったりと滞在することから始まる。緩やかな時間の流れの中で、日ごろ気づかなかった景色や、季節の移ろいを感じながら、そこに根付いて暮らすような滞在をすることで心身ともに癒やされる。その土地の新しい一面に気付いたり、地元の人との交流を深めたりすることも魅力といえそうだ。
実は日本でも、こういった心と身体を癒やす旅に注目しようという動きがある。それがウェルネスツーリズムだ。あまり聞き慣れない言葉かもしれない。ウェルネスツーリズムとは何か、日本のウェルネスツーリズムの第一人者である、琉球大学の荒川雅志(あらかわ まさし)教授に伺った。

心身を癒やす旅、ウェルネスツーリズムとは?

ウェルネスツーリズムとは、どういう旅を指すのでしょうか?

ウェルネスツーリズムとは「心と身体の健康に気づく旅、地域の資源に触れ、新しい発見と自己開発ができる旅、原点回帰してリフレッシュし、明日への活力を得る旅」のことです。新型コロナウィルスによって世界中の人々が心身ともにダメージを受けました。気軽に旅行ができない時期が続き、同時に健康がおびやかされました。そこで旅に出られるようになったら、心身が健康になって、心が癒やされ、明日への活力を得るウェルネスな旅をしたいという思いが強まったことで、世界的にニーズが高まっているのです。ウェルネスツーリズムは、自分のためのウェルネス(輝く人生へのさまざまなアクション)を体感することを目的とした旅を指します。心身の健康というと、ヨガ、マインドフルネス、禅、祈り、医療、ヘルスケア、スパ、温泉、サウナなどを思い浮かべる方も多いと思います。こういった滞在の中の体験を通じて、自分をより良い状態へ導くような旅がウェルネスツーリズムといえます。それだけではありません。その土地の風を感じたり、料理を味わったり、花を愛でたりという日常の中にもウェルネスはあります。体験で終わらず、癒やしと感動まで昇華させるのがウェルネスツーリズムの大きな目的といえるでしょう。それが実現できるのであれば、文化、芸術、自然、音楽はもちろんのこと、教育や研修なども含め全てに関わる旅が、ウェルネスツーリズムなのです。健康の究極のゴールは自然治癒力だと私は考えています。現代人は日々情報の波にのまれ、慌ただしい生活を余儀なくされ、心身ともにバランスを崩しやすくなっています。それを癒やすために出かけるのが、ウェルネスツーリズムではないでしょうか。

旅の起源は巡礼と湯治

ウェルネスツーリズムはいつごろからある考え方なのでしょうか?

そもそも旅は、日常とは違う場所に出かけ、心を癒やす「巡礼」に起源があるといわれています。実は、欧米も日本もそこに変わりはありません。キリスト教であれば聖地を巡礼し、神道であれば神社に参拝、仏教なら寺院に参拝します。これにより心身を清め、魂を癒やすとともに、うちなる自分と向き合う時間を作るわけです。長く続く観光スポットに宗教に関わる名所が多いのは、そのためです。信心しているかにかかわらず、神社仏閣に行くと心がニュートラルになった経験はありませんか。自然な心を取り戻し、過去、現在と向き合い、未来の生き方をデザインするための大切なひとときとして祈りを捧げる。それが自分を癒やす時間になるのです。

旅は誰かのためではなく、自分のために出かけるものだということですね。

そうですね。もうひとつの旅の起源といえるのが湯治です。いわゆる温泉入浴です。古来、人は温泉を重要な保養と健康医療の資源として活かしてきました。古代ローマ戦士は温泉に浸かって疲れを癒やしていましたし、日本でも古事記に湯治の記述があります。これもまた自分の疲れや怪我を回復させ、心身を癒やすために出かけるもの。洋の東西を問わず、旅とは自分の心や身体を癒やすことを目的としていたのです。

本来の自分に「還る」ための旅

なるほど。ウェルネスツーリズムはどのように楽しめばいいのでしょうか?

ウェルネスツーリズムの癒やしを実現するためには、旅先ではできるだけゆったりと過ごす。自然や地域固有の資源に触れ、五感(触覚、視覚、味覚、聴覚、臭覚)を総動員して感じることで、本来、私たちに備わっていた免疫力、生命力を取り戻すきっかけとしていく。そうやって本来の自分に還る「原点回帰の旅」がおすすめですね。健康は一過性で手に入るものではありません。もちろんウェルネスツーリズムも同様です。例えば、地元でしか味わえない新鮮な食材に偶然出会い、眠っていた味覚が冴えわたる。地域文化や人と触れ合い、都会にはない魅力を再発見する。そんな楽しみ方が大切なのです。こうした出会いや感動は、1週間、2週間とその土地で長く過ごすからこそ発見できるもの。地元の人が通う料理店や新鮮な食材、趣味を満喫できるフィールドと出会い、その感動からまた来たいと感じ、まるで第二の故郷のような感覚で、定住したいと思える旅になれば理想的です。何かに一生懸命になっている人、そんな人たちは輝いています。没頭できる、熱中できるものを見つけることが健康的により良く生きる、すなわち「ウェルネス」につながるはずです。心身の癒やしを実感し、何度も訪れたくなる旅。それを通じて、本来の自分に還る旅をライフスタイルに組み込んでみてはいかがでしょうか。

(荒川 雅志教授・談)

気軽に始めるウェルネスツーリズム

本来、ウェルネスツーリズムは、どこでも、どんなスタイルでも良いもの。ただ、興味が湧いたとしても、どのように始めれば良いのか分からないという方もいるだろう。訪ねた場所で、どんな人に出会うのかや、どんな地元の魅力に気付けたかが、ウェルネスツーリズムの本質。しかし、旅慣れぬ身で、初めての場所で、そのような発見を必ずしもできるとは限らない。初心者であれば、ウェルネスツーリズムの第一歩として、旅行会社やホテルが提供するプログラムに参加してみるのもひとつの選択肢だろう。

2023年5月には、東京ビッグサイトで「第1回 iWT(国際ウェルネスツーリズム EXPO)」が開催されるなど、今、ウェルネスツーリズムは世界的にも注目を集めている。今後、旅行会社からもさまざまな提案や、具体的な旅行プランが出てくるだろう。例えば、このEXPOでは具体例として、下記のようなウェルネスツーリズムが挙げられている。

  • リラクゼーション
    ……温泉、マッサージ、ヨガ、瞑想、アロマテラピーなどを通じて心身のリラクゼーションを図る旅
  • ネイチャーアクティビティ
    ……登山やハイキング、ゴルフ、乗馬、パラグライダーなど、自然の中で身体を動かすことを存分に楽しむ旅
  • 医療ツーリズム
    ……健康診断や人間ドック、美容医療やがん治療など、優れた医療技術やホスピタリティに期待して羽を休める旅

このような具体的な目的をきっかけとして、ウェルネスツーリズムを始めるのもいいだろう。ただ、癒やしになることは、人それぞれ、そのときどきによっても異なる。温泉が癒やしになる人もいれば、スポーツが癒やしになる人もいる。ショッピングで癒やされるなら、それもまたウェルネスツーリズムといえる。時間を忘れ、五感を研ぎ澄ませ、訪れた土地の味覚に舌つづみを打ち、地元の人柄に触れ、おいしい空気を吸い込む。移ろう景色を見ながらお茶やビールを飲んでいるだけでも良いのだ。日常から少し離れて、暮らしや人生を眺め直してみることこそが、ウェルネスツーリズムの醍醐味。まずは、これまでの慌ただしい旅行の常識を捨て去って、旅先でのんびり過ごしてみよう。ウェルネスツーリズムは、欧米流長期バケーションを満喫する旅への第一歩。またここに来たい! そんな気持ちが湧いてきたら、あなたもロングバケーションの上級者だ。

退職後、人生のバケーションを支えるプラン

オンとオフ。日常と旅。生活にメリハリをつけることで、日常の良さを改めて感じることができるのかもしれませんね。人生100年時代。生活のリズムを上手に切り替えて、充実した人生を送りたいものです。ゆとりあるセカンドライフを送るために、ご自身の将来について専門家と話してみませんか? 夢の実現のために使えるお金はどのぐらいあるのか? そんな現実の問題がクリアになることで、より明るい将来が広がるかもしれません。


プロフィール
荒川 雅志(あらかわ まさし)

琉球大学国際地域創造学部 副学部長、観光科学研究科教授。ニューヨーク大学客員教授。
1972年、福島県生まれ。 地域資源を活かしたニューツーリズム、ヘルスツーリズムのモデル開発、長寿者のライフスタイル研究、沖縄健康長寿素材の研究、ウェルネス市場活性に向けた新しいウェルネスの定義開発、ウェルネスツーリズムモデル開発などを行う。