2026.07.17 NEW
金利上昇リスクはどこにあるか 3つの夏の“クラクション”を解説 野村證券・岩下真理
撮影/タナカヨシトモ(人物)
日本の長期金利が高い水準で推移しています。2026年夏に、金利上昇について要注意とみられる3つの“クラクション”について、野村證券エグゼクティブ金利ストラテジストの岩下真理が解説します。
私は金利上昇リスクとして、インフレ、円安、財政の3つを挙げてきました。日本銀行の利上げが後手に回る「ビハインド・ザ・カーブ」懸念については、結局、インフレと円安が差し迫ることにより、物価の番人である日銀がこの先も動かざるを得なくなるとみています。財政リスクについては、積極財政が高市早苗政権の旗印である以上、簡単に消えることは考え難いです。ここでは、私が考える、2026年夏のクラクションを3つ指摘しておきたいと思います。
夏のクラクション① インフレ圧力
7月に入ってからも、日本のインフレ圧力を示すデータ発表は続いています。9日発表の日銀支店長会議報告では、以下のような報告がありました。
- 人件費や物流費等の上昇を販売価格に転嫁する動きが続いている
- 企業の価格設定行動が積極化するもとで、中東情勢の影響を受けたエネルギー・原材料価格の上昇は、素材業種の企業間取引において、従来よりも速いペースで価格転嫁が進んでいる
- 食料品や日用品等の消費関連企業においても、中東情勢を理由とした値上げを検討しているとの報告が多く、そのタイミングとしては、夏場以降を予定しているとの声が聞かれる
- 7月1日発表の日銀短観・6月調査の販売価格判断DIでは、規模別業種別にかかわらず、足元は大幅上昇し、また先行きも上昇が続く見通しとなり、企業の積極的な価格転嫁の姿勢を裏付けました。
(出所)日本銀行資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
次に10日発表の6月の国内企業物価指数は前年同月比+7.1%まで上昇し(5月は同+6.3%→+6.6%に上方修正)、川上(輸入物価・円ベースは同+29.1%)の勢いが川中に波及していることが改めて確認されました。
(出所)日本銀行資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
日銀は6月利上げ時の声明文で既に、「企業間取引ではやや速いスピードで価格転嫁」という表現を盛り込んでいましたが、その動きは加速しています。それでも足元の動きはある程度想定内で、6月利上げは決定されたと思われますので、次に向けては、先行きが実際に上がっていくかどうかの点検となるでしょう。過去の動きからは、川中から川下に波及していくには、半年程度の時間を要するでしょう。
(出所)総務省、日本銀行資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
その点、食料品や日用品等の消費関連企業の値上げが夏場以降、どのように展開していくのかは、今後の重要な材料となるでしょう。7月になってから、飲食料品メーカーからの値上げ発表が相次いでおり、大半は10月(9月、11月)の出荷分から値上げを実施予定です。その一方で、外食産業は5日から3週間後の値上げを発表しており、7月中の実施が何社かあります。この先は、スーパーエルニーニョの影響も気になります。いずれにせよ、夏場以降の値上げにより、物価上昇圧力にはそれなりの持続力がありそうです。
夏のクラクション② CPI基準改定
2026年の夏は、5年に1度のCPI(消費者物価指数)の基準改定が実施されます。先週10日に改定計画の詳細(品目別ウェイト、モデル算出方式など)が発表されました。野村の試算によると、コアやコアコアのCPIは改定後もほぼ不変です。ただし、残る不確実性として、新規追加品目、モデル品目の価格変化の影響は反映されておらず、8月7日16時公表の2026年1~6月分の改定値で確認する必要があります。
CPIの基準改定が無視できないのは、過去に2006年8月25日のCPIショックがあるからです。2006年当時は、CPIがプラスに転じたのを確認後、日銀は3月に量的緩和を解除、7月に政策金利を0.25%に引き上げました。その後のCPI基準改定で、それまで見ていた2000年基準の前年同月比+0.5%程度から、2005年基準では同0%程度に引き下げられました。
修正幅は、市場の事前予想-0.3%ptに対して、-0.5%ptと大きくなり、その要因は携帯電話通話料金のモデル式の変更、デジタル家電の下方修正でした。当時、物価予測を作成していた私も読み切れない修正であり、市場では日銀の追加利上げが難しくなったと受け止められて、円10年金利が低下したことも記憶に残ります(結局、2007年2月に利上げ)。
もちろん、現在のCPIの動きは、特殊要因が多いため、この指標だけに依存した物価分析は適切とは言えないでしょう。
(出所)総務省、日本銀行資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
日銀はそのために3月30日発表の日銀レビュー「基調的な物価上昇の概念と捉え方」の中で、従来通り変動の大きい品目等を取り除いた指標、中長期の予想インフレ、経済モデルに基づく基調インフレの推計といった基調インフレ指標を点検しつつ、需給ギャップや賃上げ率、ヒアリング情報も参照しながら総合的に判断する姿勢を維持しています。物価関連の指標を幅広く、しっかり点検していくことが重要です。
夏のクラクション③ 骨太ショックと政策対応
7月9日、円10年金利は2.90%をつけて、30年ぶりの高水準となりました。日銀のビハインド・ザ・カーブ懸念と財政拡大リスクといった日本固有の材料で債券売りが強まりました。
その背景にあるのは、6月30日に内閣府が纏めた「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の原案であり、「骨太ショック」と言われる所以です。当初、政府が「『強い経済』の実現に向けては、適切な金融政策運営が行われることも非常に重要だ」と明記したことが、この先の利上げを牽制しているとの見方が市場では広がりました。
その後、7日に城内実経済財政担当相が会見で、市場の懸念は「原案の趣旨と異なる受け止めであり誤解だ」と訴え、「金融政策の具体的手法は日銀に委ねられるべきだという政府の立場に変わりはない」と主張しました。その発言に一旦は金利低下で反応し、7日の30年債入札も結果は良かったのですが、大きな金利上昇の流れは変わっていません。
10日の閣議後の記者会見で、片山さつき財務相が「家計、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)をはじめとする年金基金に日本の金融資産へさらなる投資をしてもらう方向で、後押しをする方策を追求したい」との考えを示し、漠然とした期待を背景に円債は買われて一時10年金利はやや低下しました。しかし、年金基金の所管は厚生労働省であり、年金基金の運用資産の見直しがすぐに実現することは考え難いです。
政府の骨太の方針は、例年であれば6月中に発表されていましたが、今年は遅れています。一部報道によれば、7月21日の閣議決定にずれ込むようです。各種マスコミ報道によれば、日銀の独立性に関する日銀法3条について脚注で引用する方向で調整し、適切な金融政策運営を求める部分の一部に「安定的な物価上昇の実現」との文言を加えるようです。足元の長期金利上昇に配慮して、文言調整に動くと思われますが、市場の警告がなければ利上げを牽制したかった本音が垣間見えます。その一方で、「財政健全化」の文言が消えたままでは、財政リスクが強く意識されて、結局、長期金利の上昇に繋がるでしょう。また、消費減税の議論についても、市場の警告に耳を傾けるべきだと思います。現在の日本のインフレ局面において求められる政策対応は、物価高抑制と円安加速阻止のために、日銀が緩和度合いの修正を進めること、政府は財政健全化のもとで成長促進のためのより賢い支出を目指すこと、だと考えます。
- 野村證券市場戦略リサーチ部 エグゼクティブ金利ストラテジスト
岩下 真理 - 1988年太陽神戸銀行(現三井住友銀行)入行、市場部門で国内経済・円金利担当のエコノミストを経験。2007年4月から大和証券SMBCで日銀ウォッチャーを担当。その後、SMBC日興証券、大和証券でチーフマーケットエコノミストを経て、2025年5月から野村證券で円金利ストラテジスト業務に従事。財務省「国の債務管理に関する研究会」メンバー、景気循環学会常務理事を務める。仕事のモットーは3つ。(1)世界地図の上で物事を考えること、(2)ホットで付加価値のある情報提供と分析、(3)わかりやすく楽しい経済・相場解説。アネクドータルな情報収集に加え、経験値と好奇心のフル稼働で潮目の変化を読み解く。趣味は世界遺産巡りで、パンダ好き。
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