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2026.08.24 NEW

「責任ある積極財政」が評価される条件とは? 成長率押し上げのカギを検証 野村證券・棚橋研悟

「責任ある積極財政」が評価される条件とは? 成長率押し上げのカギを検証 野村證券・棚橋研悟のイメージ

撮影/タナカヨシトモ(人物)

日本経済が景気回復局面にあるとされる中、総額370兆円超の官民投資が掲げられた政府の成長戦略については、施策の具体像がまだ明らかになっていません。高市早苗政権は「責任ある積極財政」を掲げていますが、日本は今後もインフレや中東情勢の影響を受ける可能性があります。企業や投資家は成長戦略をどのようにみておけば良いのか、野村證券シニアエコノミストの棚橋研悟が解説します。

「責任ある積極財政」が評価される条件とは? 成長率押し上げのカギを検証 野村證券・棚橋研悟のイメージ

「責任ある積極財政」:問われる成長戦略の果実(g>r)

高市政権は「責任ある積極財政」を掲げており、財政の持続可能性に配慮しつつ、危機管理投資・成長投資に財政支出を振り向ける方針を示しています。2026年6月には、高市政権で初めてとなる成長戦略案が公表されましたが、そこでは2040年度までに官民合わせて370兆円超の成長投資が行われるとの構図が示されました。

「財政の持続可能性」の観点から、高市政権は、政府債務残高の対GDP(国内総生産)比を安定的に下げることを財政運営の目標と位置付けています。名目GDP成長率(g)が政府債務の実効金利(r)を上回る環境においては、プライマリーバランス(基礎的財政収支)が一定程度、赤字であっても、政府債務残高GDP比を下げることができます。このことは、次のような算式で確認することができます。

プライマリーバランスをPB、名目GDPをY、名目GDP成長率をg、政府債務残高をB、政府債務の実効金利をrとすると、債務残高GDP比(B/Y)の変化(Δ)は

Δ(B/Y)=-(B/Y)((g-r)+PB/B)

と表現できます。B/Yは常に正であるため、g-r>-PB/Bであれば、Δ(B/Y)はマイナス、つまり債務残高GDP比は下がります。ここから、「責任ある積極財政」においては、「g>r」という不等式を定着させられるかどうかが一つのカギになるとみています。

内閣府が7月に公表した「中長期の経済財政に関する試算」(中長期試算)では、先行きについて3つのシナリオが示されました。しかし、2040年度まで政府債務残高GDP比が下がるという姿が描かれたのは、成長戦略の効果が最も強く表れるケース(成長戦略実現ケース①)のみです。ここから、高市内閣自身も、「拡張的」かつ「持続的」な財政運営には、成長戦略を通じて名目GDP成長率(g)を押し上げ、「g>r」という関係を定着させる必要があると認識していることが窺えます。

成長戦略の経路:設備投資活性化を通じたTFP(全要素生産性)の引き上げ

上述した中長期財政試算における3つのシナリオでは、GDPデフレーターの変化率(=インフレ率)は同じとされています。したがって、シナリオ間の名目GDP成長率(g)の差異は、中長期的に持続可能な実質GDP成長率、つまり潜在成長率の違いに起因します。この点について、それぞれのシナリオの潜在成長率の前提を見ると、「成長戦略実現ケース①」はTFP(全要素生産性)の伸びが他のシナリオよりも高くなっています。

(注)TFP(全要素生産性:Total Factor Productivity)とは、実質GDP成長のうち、資本ストック(機械、工場、オフィスなど)や労働の量的な投入では説明できない部分に当たります。一般には、技術進歩、スキル向上、効率化など、質的な要素と解釈されます。

中長期試算の潜在成長率の想定

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(出所)内閣府資料より野村證券経済調査部作成

また、内閣府は「成長戦略実現ケース①」のTFPが、「現状投影ケース」比でどのような要因で高まるかという前提も明らかにしています。AIの導入や対日直接投資の増加など、背景は様々ですが、設備投資の加速がTFP上昇のカギとなっています。すなわち、「財政の持続可能性」を高めるには、成長戦略が設備投資を喚起し、TFPを引き上げるという、極めてシンプルな条件こそが問われます。

成長戦略実現ケース①のTFP上昇の内訳(現状投影ケース比)

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(出所)内閣府資料より野村證券経済調査部作成

成長戦略の不確実性(1):政府支出の規模

成長戦略については大きな不確実性が存在しているとみています。特に、(1)政府支出の規模はどの程度か、(2)政府の「呼び水」で民間の設備投資が喚起されるか、の2点は現時点で不透明感が強いと言えます。

(1)政府支出の規模について、政府は2040年度までに370兆円超の官民投資を掲げましたが、そのうちどの程度が公的支出なのかは明らかではありません。内閣府の中長期試算では「追加財政支出」として、2027年度以降、実質ベースで毎年10兆円(インフレ率に応じて名目ベースの金額は増加)が想定されていますが、これはあくまで「機械的」な前提であり、公的支出についてのガイドラインではありません。成長戦略の投資総額(2040年度までに官民計370兆円超)に占める公的支援の割合や、既存の産業支援策との役割分担など、さらなる情報が待たれます。

また、そもそも成長戦略における公的投資額が示されたとしても、実際にその通りの公的支出がなされるかどうかも定かではありません。政府によるGX支援(グリーントランスフォーメーション支援)を例に挙げます。政府は2023~2032年度の10年間で150兆円超の官民投資の実現を目指しており、そのうち20兆円は「GX経済移行債」を財源とした公的支出とされています。単純平均で公的支出は1年あたり2兆円となりますが、これまでの政府による措置額は毎年1兆円台半ば程度にとどまっています。政府が支援額の目標や目途を設けたとしても、それが毎年、実現するとは限らない点にも注意が必要です。

(注)GX経済移行債とは、2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を実質ゼロにすること)を実現するために発行する国債のこと。本国債による資金を呼び水にして民間投資を促し、官民合わせて10年間で150兆円超の脱炭素投資につなげる。償還財源にはカーボンプライシングによって得られる資金が充てられる。

成長戦略の不確実性(2):「呼び水」の効果

政府が投資支援を行っても、民間企業が設備投資を活発化させるとは限りません。設備投資促進策の効果については、さまざまな学術分析がありますが、効果を認める研究と否定する研究があり、見解は一致していません。

政府の支援策の具体的な内容は、現時点では明らかではありません。ただ、仮に資本コストを引き下げる政策であっても、設備投資を促す効果は限定的にとどまる可能性があります。

経済学では、企業は資本の限界生産性(MPK、資本ストックを1単位増やしたときの実質GDPの増分)と資本コスト(実質金利と資本減耗率の合計)が等しくなるよう、資本ストックの水準を調整すると考えられています。実際、過去には、両者は完全に一致しないまでも、おおむね近い水準で推移してきました。また、コロナ禍以前には、MPKが資本コストを上回る局面で、企業がやや遅れて設備投資を増やす傾向も確認されました。近年は、インフレ率の上昇による実質金利の低下を主因に、資本コストがMPKを大きく下回っています。

近年は資本コストがMPKを大きく下回るが・・・

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(注)資本コストは実質金利+資本減耗率。実質金利は貸出金利をGDPデフレーターで実質化。
(出所)内閣府、日本銀行資料より野村證券経済調査部作成

企業にとっては、設備を増やして生産を拡大すれば、利益を増やせる好機とも言えます。それにもかかわらず、過去にみられたMPKと資本コストの差に比べ、資本ストックの積み増しは進んでいません。つまり、資本コストが下がっても、それが早期に設備投資の伸びにつながっていない様子が見えてきます。こうした動きの背景として、企業の中長期的な成長期待が高まっていないことを指摘できるでしょう。つまり、将来の収益改善を見込めない状況では、足元で資本コストがMPKに比べて下がっても、企業は設備投資に踏み切りにくくなります。公的支出を「呼び水」として、民間が設備投資を活発化させるかどうかも定かではないと言えるでしょう。

期待成長率の低さが設備投資積極化のハードルに

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(注)設備投資はソフトウェア除くベース。期待成長率は「我が国の実質経済成長率・今後5年間の見通し」。
(出所)内閣府、財務省資料より野村證券経済調査部作成

こうした状況では、高市政権が成長戦略の一環として、設備投資補助金などの形で資本コストの低下を図っても、それが設備投資の増加に直結するとは言いにくくなります。成長戦略で「g>r」を実現するには、資本コストを下げるだけでなく、企業や市場関係者に将来の成長余地を認識させ、期待成長率(gの期待値)を引き上げる必要があります。その結果、「g>r」の定着が広く予想されたとき、「責任ある積極財政」との評価が現実的となるのではないでしょうか。

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野村證券 経済調査部 シニアエコノミスト
棚橋 研悟
2015年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。以来一貫して日本経済の分析を担当。2024年からはESGチームにも所属。2024年米コロンビア大学SIPAにてMPA(Master of Public Administration)を取得。

※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。

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