2026.08.14 NEW
スーパーエルニーニョが株式市場に与える影響は? 気候リスクに強い国と弱い国を分析 野村CIO・髙宮康平
撮影/北原裕司(人物)
ペルー沖から西の海域にかけて、海面水温が平年より高くなる状態が続く「エルニーニョ現象」。2026年7月に発生が発表されましたが、今後、より強力なスーパーエルニーニョに発達する可能性が指摘されています。実際にスーパーエルニーニョに発達した場合、グローバルな株式市場にどのような影響を与えるのでしょうか。野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティングCIOマネジメント部(野村CIO)ストラテジストの髙宮康平がその影響を試算し、気候リスクについて解説します。
過去のエルニーニョが経済に与えたインパクトは
7月にペルー沖から西の海域にかけて、海面水温が高くなるエルニーニョが発生しました。平年よりも海面水温が高い状態が続くことで、世界各地で干ばつや大雨といった異常気象が引き起こされる可能性があります。さらに強力な「スーパーエルニーニョ」になる可能性も高いと言われており、その影響が懸念されています。エルニーニョが世界各地にもたらす異常気象は、各国の経済や株式市場にどのようなインパクトを与えるでしょうか。
まず、過去のエルニーニョが経済に与えた影響を振り返ってみましょう。エルニーニョの強さは、赤道太平洋海域の海面水温(Nino3.4指数)で表されます。下の図表においてグレーで網掛けをした1997~1998年や2014~2016年のスーパーエルニーニョでは、海面水温が2年程度にわたって上昇し続けました。
(注)標準偏差(σ)は1950年以降の四半期データを用いて算出した。
(出所)米国海洋大気庁よりNFRC作成
エルニーニョが過去に各国経済に影響を及ぼした事例を見ると、2015年には東南アジアで干ばつとなり、米などの生産が減少しました。ブラジルでも、20世紀末のスーパーエルニーニョ後に水力発電所の貯水量が減り、政府が家計や企業に使用電力の20%削減を義務付ける事態となったことがあります。
日本は農林水産業や水力発電への依存度が相対的に低く、筆者の試算では平均的な影響はほぼ中立です。ただし、年によって影響の出方にはばらつきがあります。1993年の「平成の米騒動」ではエルニーニョを一因とする冷夏と日照不足で米が不作となり、政府は米の緊急輸入を余儀なくされました。一方、2026年に懸念されているスーパーエルニーニョでは猛暑の可能性が指摘されています。
これらの現象の背景には、「海面水温上昇→天候不順→実体経済下押し」という共通の波及経路が存在します。
「農林水産業」「水力発電」「物価」を通じて時間差で波及
7月30日時点で利用可能な過去データを用い、主要26か国を対象に統計的に分析すると、エルニーニョの影響が波及するまでには時間差があり、国ごとの特性によって影響度合いが異なることが見えてきました。
波及の第1波は農林水産業経由です。下の図表の横軸は、GDP(国内総生産)に占める農林水産業の比率(農林水産業依存度)を、縦軸はエルニーニョによって赤道太平洋海域の海面水温が一定温度(1標準偏差)上昇した場合の実質GDP成長率感応度を示しています。赤色のマーカーで表示しているのは、エルニーニョ期における平年と比べた乾燥度合いが上位10位までの国です。また、国全体の農地に占める灌漑済み農地の割合が高い上位10か国を正方形のマーカーで表示しています。
GDPに占める農林水産業の比率が高い、赤道付近に位置するなどエルニーニョ年の乾燥が強い、灌漑設備が十分でない、といった特性が重なる国は農林水産業経由での成長率下押しが大きい傾向があると示唆されます。図表で最下部に位置するインドネシアは、こうした特性を併せ持つ代表的な国と言えます。なお、実質GDP下押しが顕在化するのは、海面水温上昇から半年程度遅れる傾向があります。少雨が作物の生育を抑え、収穫期を迎えてから収穫量減少が顕在化し、それが経済統計に反映されるまでには一定の時間を要するため、このようなタイムラグが生じると考えられます。
(注)感応度は、Nino3.4指数1σ上昇に対するGDP前年比成長率の感応度。農林水産業依存度はGDPに占める農林水産業の比率。乾燥度合いはエルニーニョ年の干ばつ指数を使用した。記事内のいずれかの図表で明記されている国の他に、独・英・韓・仏・伊・豪、アルゼンチン、チリ、メキシコ、トルコ、シンガポールを分析対象としている。固定効果パネルデータ分析という統計的手法で1990年以降の26か国の四半期データを用いて推計した点推定値を表示。係数はいずれも5%水準で有意。
(出所)米国海洋大気庁、Moody’s、FAO、世界銀行、CSICよりNFRC作成
第2波は水力発電経由です。水力ダムは当初、貯水で発電量を維持できますが、少雨が続けば貯水率が低下します。干ばつが発生し水力発電にも影響が及ぶと、実質GDP成長率への下押し影響は、海面水温上昇後、約1年程度で現れる傾向があります。ブラジルなどの水力発電への依存が高く、乾燥度合いが強い国ほど、成長率下押しは大きくなる傾向がありました(下図)。
(注)感応度は、Nino3.4指数1σ上昇に対するGDP前年比成長率の感応度。水力発電依存度は全発電量に占める水力の比率。乾燥度合いはエルニーニョ年の干ばつ指数を使用した。分析対象国は前掲の図表と同じ。固定効果パネルデータ分析という統計的手法で1990年以降の26か国の四半期データを用いて推計した点推定値を表示。係数はいずれも5%水準で有意。
(出所)米国海洋大気庁、Moody’s、FAO、世界銀行、CSICよりNFRC作成
第3波は物価に現れます。収穫量の減少が、卸売や小売の価格転嫁を経て消費者物価へ反映されるまでには時間を要します。タイやフィリピンなど、消費者物価指数内の食品割合が高く、赤道に近い国ほど物価への影響が大きくなる傾向があります(下図)。また、物価上昇率は海面水温上昇から約1年半遅れて動く傾向がありました。
(注)Nino3.4指数1σ上昇に対する感応度。分析対象国は前掲の図表と同じ。固定効果パネルデータ分析という統計的手法で1990年以降の26か国の四半期データを用いて推計した点推定値を表示。係数はいずれも5%水準で有意。
(出所)米国海洋大気庁、Moody’s、世界銀行、サウサンプトン大学よりNFRC作成
スーパーエルニーニョが世界の株価に与える影響を試算
ここまで、エルニーニョが経済に与える3つの波及経路を整理し、国別の分析を行いました。では、実際にスーパーエルニーニョが再来した場合、どの国の株式市場が最も影響を受けるのでしょうか。過去の事例を基にグローバルな株式市場への影響を試算しました。
今回は2014~2016年のスーパーエルニーニョで実際に観測された赤道太平洋海域の海面水温(Nino3.4指数)の推移を再現し、農林水産業の減産に加えて、水力発電量にも影響が及ぶストレスシナリオを作成しました。実質GDP成長は、企業収益の実質拡大を通じて株価を押し上げ、物価上昇は名目収益を押し上げる一方で、コスト増や金利上昇を通じて株価を押し下げます。ここでは、こうした考え方を基に筆者が作成したモデルを用い、各国の株式市場の対全世界株(MSCI ACWI指数)超過リターンへの影響を試算しました。
7月30日時点でのデータによる試算(下表)では、累積超過リターンは、ブラジルで最大約18%pt、マレーシアで同17%pt、フィリピンで同17%pt、インドネシアで同15%pt、ベトナムで同7%pt、南アフリカで同7%pt下押しされるとの結果でした。一方、日本、ドイツ、中国、米国の累積超過リターンに対する下押しは限定的でした。
| 順位 | 国名 | 累積超過リターン下押し幅 | 下押し幅が最大になる時期 (発生からの経過時間) |
|---|---|---|---|
| 1 | ブラジル | -17.5% | 10四半期後 |
| 2 | マレーシア | -17.2% | 8四半期後 |
| 3 | フィリピン | -16.6% | 8四半期後 |
| 4 | インドネシア | -14.6% | 8四半期後 |
| 5 | ニュージーランド | -11.0% | 10四半期後 |
| 6 | ベトナム | -7.1% | 10四半期後 |
| 7 | 南アフリカ | -6.9% | 8四半期後 |
| 8 | スペイン | -3.2% | 9四半期後 |
| 9 | ペルー | -2.1% | 11四半期後 |
| 10 | イタリア | -0.5% | 10四半期後 |
(注)2014~2016年のNino3.4指数の推移を再現した場合の対全世界株の累積超過リターンを国別に試算し、最も下押しされた時点の数値を採用。結果は条件付き試算での点推定値であり幅を持って解釈する必要がある。計測期間はエルニーニョ発生から、14四半期後まで。干ばつ指数は平年と比較したエルニーニョ発生時期の乾燥度合い。
(出所)米国海洋大気庁、Moody’s、世界銀行、FAO、サウサンプトン大学、BloombergよりNFRC作成
ここで、なぜこれらの国々が上位になったのかを見てみましょう。下の図表では主な国の特性を可視化しています。産業構造や電源構成、または過去の干ばつの激しさや灌漑設備の充実度等が株価の下押し幅に関係しています。例えば、先ほど紹介したように、ブラジルでは水力発電、インドネシアでは農林水産業の依存度の高さなどが影響していると推察されます。もちろん、実際には経済産業構造だけで株価影響が決まるわけではなく、エルニーニョ時の天候不順の現れ方は毎回一様ではありませんが、こうした国ごとの脆弱性を留意する価値はあるでしょう。
(注)灌漑割合はバブルでの可視化にあたって見やすいように線形変換した。
(出所) 米国海洋大気庁、Moody’s、世界銀行、FAO、CSIC、サウサンプトン大学、BloombergよりNFRC作成
影響が表れる時期はどうでしょうか。エルニーニョの影響が大きい国では株式累積超過リターンの下押しは、エルニーニョ発生から1年後、2015年に当てはめればエルニーニョがピークとなる前から増大しはじめる傾向です。株式累積超過リターンの下押しが最大になるのは8~10四半期後頃で、エルニーニョが終息した後の11四半期後まで下押しは続く傾向でした。
エルニーニョが終息したからといって、遅れて現れる経済への影響が直ちに消えるわけではなく、株価にも影響が残り続ける可能性がある点は投資判断上重要です。
分散投資に気候リスクの視点を加えることが重要
気候リスクは、ESG(環境・社会・ガバナンス)やサステナビリティーの文脈で語られることが多いです。しかし、近年は欧州の記録的な猛暑や米国の山火事に見られるように、気象災害の規模が一段と拡大しており、経済への影響も大きくなっていく可能性があります。こうした状況を踏まえると、投資家には、気候をマクロ経済を左右するリスク要因として定量的に捉える視点が求められます。この視点は、今後のグローバル資産運用において、より重要性を増していくと考えています。
投資判断の観点では、エルニーニョの3つの波及経路を踏まえ、気候リスクに対して弱い国へ資金を偏らせないことが重要です。「先進国は安心、新興国は一律に危ない」ということではなく、干ばつの起こりやすさ、国別の経済産業構造や電源構成を見る必要があるでしょう。例えば、干ばつが起こりやすく農業依存度が高く灌漑が進んでいない国や、干ばつが起こりやすく水力発電依存度が高い国には、特に注意が必要でしょう。またエルニーニョ発生直後に株価に影響があまり見られなくても、今後、影響が現れる可能性を念頭に置いておくと良いでしょう。
- 野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング CIOマネジメント部ストラテジスト
髙宮 康平 - 2013年に東京大学経済学部経済学科を卒業後、商工組合中央金庫に入庫。日本経済研究センターへの出向を経て調査部にてマクロ経済調査に携わり、景気動向の分析に関する知見を培う。2020年にアフラック生命保険へ転じ、市場関連部門のエコノミストとしてマクロ経済・金融市場分析およびストレスシナリオの策定に従事。2025年10月より、野村證券の資産運用アドバイザリー・サービスを提供する野村CIOに所属。野村グループにおいてマルチアセット領域を対象とするストラテジストとして、グローバル経済・金融市場のリサーチを担う。
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