2026.07.22 NEW
原油高と米利上げ期待で米ドル円163円台 夏場に160-165円レンジでピークを付ける局面に 野村證券・後藤祐二朗
写真/タナカヨシトモ(人物)
米ドル円が一時約39年ぶりとなる1米ドル=163円台を付け、高止まりが続いています。米国とイランの対立再燃による原油価格の上昇など先行きに不確実性もある中、野村證券チーフ為替ストラテジストの後藤祐二朗は、米ドル円が夏場にはピークを付け、年末に向けては緩やかな円高ドル安に転じると予想しています。以下、詳細を解説します。
高市早苗政権の円安への許容度は低下するか?
まず、足元で中東情勢への懸念から原油価格が続伸し、米債利回りはベアフラット化(短い年限の債券利回り上昇を伴うイールドカーブの平たん化)が進みました。FRB(米連邦準備理事会)への7月利上げ期待も再び25%前後を回復しています。為替市場では対円や対英ポンドで米ドルが買われ、米ドル円は163円台まで上昇しました。
本邦当局の口先介入強化がみられない中、介入発動レベルを巡る見方が割れ始め、介入を警戒しながらも米ドル円の高値を徐々に試す動きと言えます。本日も当局の対応が焦点となりますが、原油価格高止まりの中、介入発動がなければ米ドル円はじり高の展開となりやすいでしょう。
トランプ米大統領は、イラン側が会談を望んでいると述べる一方、意味のある協議に向けた準備が整うまでは応じない姿勢を示しました。イラン内相が仲介国のパキスタンを訪問するなど、水面下の接触は維持とみられますが、目先は米国によるイラン攻撃継続リスクが大きいです。フーシ派による警告発出を受け、紅海で一部船舶が航路変更を始めたと報じられるなど、原油価格への上昇圧力が強く、円安圧力が意識されやすいです。
一方で先週公表された6月CPI(消費者物価指数)やPPI(生産者物価指数)といった米物価指標は弱く、米7月利上げ期待の低下が米ドル安材料となる展開です。来週に向けては日本銀行(日銀)及びFRBの金融政策決定が焦点となりますが、円相場にとっては日本政府の金利上昇や円安に対する許容度の低下が示されるかも焦点となります。
FRBへの利上げ期待剥落が米ドル安材料に
先週公表の米指標は6月分のコアCPIが前月比-0.017%と市場予想(同+0.2%)を大きく下振れ、コアPPIも前月比+0.1%と市場予想(同+0.3%)を下振れました。コア小売売上は前月比+0.5%と市場予想に一致し、堅調でしたが、7月ミシガン大消費者信頼感指数でも1年先のインフレ期待が4.2%と3月以来の低水準を記録しています。足元でみられる原油価格上昇圧力の再燃に警戒が必要ですが、米インフレは夏場にかけてピークアウトの公算が大きいでしょう。債券市場のインフレ期待も抑制された状態が続きます。
議会証言に臨んだFRBウォーシュ議長は、FRBは根強い高インフレを「容認しない」と発言し、6月CPIを受けて「任務完了」とは認識していないと引締めバイアスを示唆しました。一方、ニューヨーク連銀ウィリアムズ総裁は7月15日、AI主導の需要でインフレに上昇圧力が掛かっているとしたものの、「インフレは既にピーク」としており、金利は適切な位置にあるとの認識を示しています。16日にはカンザスシティ連銀シュミッド総裁がリスクは依然としてインフレ方向とし、ダラス連銀ローガン総裁も「わずかな政策金利の引き上げ」が必要との見方を示すなど、FRB内でもインフレへの対応の必要性について見方が分かれていますが、FRBが来週の7月FOMC(米連邦公開市場委員会)で利上げを急ぐ必要性は低下しているようです。
市場では15-20%程度の確率で7月利上げの可能性が織り込まれていますが、目先は利上げ期待後退が米ドルの上値を抑制する可能性が高いです。インフレ抑制もあり、当社は年内の利上げ見送り見通しを維持しており、年末に向けて米ドル安基調への回帰が予想されます。
(出所)ブルームバーグより野村證券市場戦略リサーチ部作成
燻る年金勢による国内資産投資増への期待
円相場にとっては、当局の債券利回り上昇や円安への警戒が一段と強まるかが注目されます。7月10日の閣議後会見において片山さつき財務相は「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)をはじめとする年金基金による日本の金融資産にさらなる投資をしていただくという方向で後押しをする方策を追求したい」と発言しました。ロイター通信は13日、関係者の話として、片山財務相の年金基金による国内投資強化策についての発言は、GPIFの基本ポートフォリオ変更を想定しておらず、直ちにGPIF中期目標改定といった具体的な動きにはつながらない見通しとしています。上野賢一郎厚生労働相も20日に「現在の運用環境は、基本ポートフォリオが想定しているものから大きく乖離しているとは考えていない」としました。
もっとも、7月16日にも片山財務相はGPIFの運用について「介入したり強制したりすることはそもそもできない」としましたが、「日本の金融資産にさらに投資できるような方向で後押しする方策は追求」と発言し、国内投資増に向けた意向を維持しています。高市首相も17日に国会において「年金基金による日本の金融資産へのさらなる投資を後押しする方策を追求」と片山財務相と同様の姿勢をみせています。
過去のGPIFのポートフォリオを振り返ると、日銀による2016年のマイナス金利導入とともに国内債比率が現在の基本ポートフォリオ中心である25%に向けて大きく引き下げられた経緯もあります。
(出所)GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)より野村證券市場戦略リサーチ部作成
長期・超長期債中心に利回りが大きく上昇する中、GPIFに向けて政治的な国内債投資増への圧力が一段と強まる可能性はあるでしょう。債券利回り上昇時には国内債の投資魅力が一段と上昇と判断される可能性が高まり得るため、高市首相や片山財務相の発言は金利上昇に対する一定の歯止めとなりそうです。年金勢は既にリバランス(相場の変動などにより変化した投資配分の比率を調整すること)目的で国内債への投資を加速させていますが、今後の投資動向に注目が必要です。
NISA対象に個人向け国債?投資加速は実現するか
片山財務相は7月10日、年金勢による国内資産への投資増の可能性に加え、「日本の個人向け国債の商品性見直し、新商品の設計を早急に具体化して進めたい」とも発言しています。片山財務相は14日の閣議後会見でも国債のNISA(少額投資非課税制度)対象化や相続税優遇について「やっぱりやっていく時」と前向きな姿勢をみせました。
21日に閣議決定された骨太の方針内でも「個人向け国債の魅力向上による国内投資家層の拡大を図る」とされたことに加え、国民民主党も個人向け国債をNISA対象とし、相続税を減免する法案を提出しています。何らかの形で個人投資家による国債投資を促進する方策が議論される可能性は高そうです。
日本国債の利回りが上昇する中、既に家計による国債保有は増加傾向に転じていますが、3月末時点の保有残高は20兆円にすぎず、利回りの上昇ペース対比で国債への投資ペースは鈍いです。
(出所)日銀、ブルームバーグより野村證券市場戦略リサーチ部作成
3月末の家計金融資産残高が2,386兆円に上る中、国債投資の優遇策が導入されれば、潜在的な需要増の余地は大きいでしょう。国債市場の需給改善につながるだけでなく、2024年の新NISA導入以降に人気を集めてきた投資信託経由の対外株式投資の勢い鈍化に繋がれば、円相場にもプラスに働き得ます。
ただし、相場への影響は具体的にどのような投資促進策が実現するかに左右されるでしょう。NISA対象化となった場合、現行のNISAに組み入れられ、生涯投資枠(1,800万円)や積み立て投資枠(年間120万円)、成長投資枠(年間240万円)などの金額に変更がない場合、特に若年層の対外証券投資意欲が維持されやすいとみられる中、実際の国債購入増加額は限定されやすくなるでしょう。一方、一定程度は対外証券投資に向かっていた資金が国債投資に向かうことで、一定の円安抑制材料となり得ます。仮に国債組み入れと合わせて現行のNISAの金額が増額、特に個人向け国債向けに新たな資金枠が設定される場合には高所得者・富裕者層を中心に国債投資が増加しやすい一方、対外証券投資の勢いも維持といった可能性につながり得ます。
また、現行のNISAでは減免されない相続税についても個人向け国債について減免となる場合、対外証券投資から個人向け国債への選好シフトの度合いは大きくなるでしょう。特に、現在は最大10年までの満期となっている個人向け国債について、20年や30年といった満期での発行が実現すれば、利回りの高さに加えて相続税回避を目的とした需要が惹起されやすそうです。
政権の日銀利上げ容認姿勢が強まれば相場に影響も
片山財務相を中心に、GPIFによる国内資産投資増や個人向け国債のNISA対象化の議論が急速に勢いを増した背景には、円安及び債券市場不安定化への警戒の高まりが考えられます。米ドル円相場が163円台と1986年以来の円安水準を記録、10年債利回りも一時2.9%を試す展開となったことで、政権内で債券市場及び為替相場安定に向けた機運が高まっている可能性が意識されるでしょう。特に、10年債利回りが3.0%の節目を大きく超えていけば、日本の名目成長率を上回る状況となりやすく、債務残高/GDP(国内総生産)比を低下させるという財政の中核目標実現への障害となりかねません。
(出所)ブルームバーグ、マクロボンドより野村證券市場戦略リサーチ部作成
7月21日に閣議決定された骨太の方針では、事前報道通りに原案にはなかった「安定的な物価上昇」の実現が「強い経済」の実現と並列の形で加えられ、注記として「日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない」との表現も盛り込まれました。高市政権の市場反応への警戒の高まりが示唆される変更と言え、GPIFやNISAなどへの言及にもつながった可能性があると言えるのではないでしょうか。7月に入り公表された主要メディアの世論調査においては内閣支持率が前月から軒並み低下し、50%割れの調査も目立ち始めました。
円安や金利上昇への許容度が低下する場合、日銀利上げに対する牽制姿勢が緩む可能性も否定できません。GPIFやNISAなどの変更を通じた需給面での債券や円相場の下支え以上に、仮に日銀利上げへの容認姿勢が強まるようだと、相場への影響はより大きくなるでしょう。
米ドル円は夏場に160-165円レンジでピークを付ける局面に
米ドル円は163円台まで上昇し高止まりが継続していますが、原油価格の調整がみられなければ、目先の米ドル円に対する上昇圧力は維持されやすいでしょう。もっとも、FRBへの利上げ期待後退は米ドルの上値を抑制することが予想されます。中東情勢を巡る不確実性は大きいですが、高市政権の債券利回り上昇や円安への許容度が低下すれば、投資家のビハインドザカーブ(金融政策正常化の遅れ)懸念の後退が円相場に徐々にプラスに働くでしょう。
本邦投資家の対外証券投資動向を振り返っても、仮に投資信託経由の対外証券投資が減速し、年金勢がリバランス以上の外債売却に踏み込むようだと、円高圧力が強まります。当局の介入リスクも依然として大きく、米ドル円は夏場に160-165円レンジでピークを付ける過程にあり、年末に向けては緩やかな円高ドル安に転じるとの予想を維持します。
- 野村證券 市場戦略リサーチ部 チーフ為替ストラテジスト
後藤 祐二朗 - 為替相場のリサーチ・ストラテジーを担当。8年半にわたるニューヨーク・ロンドン駐在時には海外ヘッジファンド向けを中心としたドル円ストラテジー、日米欧の資本フロー分析、日本及び欧州の金融政策及びマクロ分析を担う。2002年に野村総合研究所に入社、2004年に野村證券への転籍を経て、2011年以降は海外拠点にて外国人投資家向けの情報提供を中心に活動。2019年8月より現職。
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