2026.08.31 NEW
市場の想定よりタカ派だったウォーシュ議長のジャクソンホール講演 市場への影響は? 野村證券・岡崎康平
撮影/タナカヨシトモ(人物)
2026年8月31日の東京株式市場の日経平均株価は前週末から反落し、下げ幅は一時1,500円を超える場面がありました。終値は66,311.93円でした。一方、長期金利の指標となる10年国債利回りは一時2.950%と、3%に迫る水準まで上昇(価格は下落)しました。8月28日(米国時間)には、ウォーシュFRB(米連邦準備理事会)議長がジャクソンホール会議で講演しましたが、その影響などもあったといえるのでしょうか。野村證券チーフ・マーケット・エコノミストの岡崎康平が解説します。
ウォーシュ議長講演は「タカ派」的と受け止められた可能性
- 8月31日の日本株市場は、前場に前営業日比で1,500円以上下がり、後場では回復しました。乱高下している印象ですが、その要因はなんでしょうか。
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まず、中東情勢が挙げられます。米国がイランのララク島を8月30日に攻撃し、地政学リスクの再燃が意識されたと見ています。米国によるイラン攻撃が明らかになったのは7月下旬以来で、情勢悪化による原油価格上昇が株式市場の重石になった可能性があります。
もうひとつは、FRBのウォーシュ議長による講演です。ウォーシュ議長は8月28日(米国時間)にジャクソンホールで講演したのですが、その内容が「タカ派」的だったと見ています。金融市場では、7月FOMCにおけるウォーシュ議長の発言が「ハト派」的と解釈されていましたが、今回は明確な「タカ派」姿勢が示されました。FRBの従来の政策運営に比べると曖昧な物言いではあるものの、9月FOMCで利上げが行われても不思議ではないトーンに発言内容が変化しています。9月FOMCは、利上げ判断も政策据え置き判断もあり得る「ライブ」会合になったと思います。
ウォーシュ議長の発言内容には、多くの新情報が含まれました。2%インフレが揺るぎない目標であると述べた点に始まり、金融環境を引締め的とは認識していないことや、労働市場が完全雇用に近い状態にあると理解していること、インフレ率が2%を超えている現状を踏まえFRBは物価対応に注力すべきと述べたこと、最近の物価関連指標の低下に満足していないこと、などが示唆されました。これらはいずれも、利上げ判断を支持する内容です。
また、特に興味深いのが賃金に対する評価です。ここ最近、米国の賃金は伸びがやや緩やかで、実質賃金は伸び悩んだ状態にあります。賃金とインフレ率には密接な関係があるとの見方が一般的な中、金融市場では「賃金の伸び悩みこそ、ウォーシュ議長が利上げに前向きではない大きな理由ではないか」との見方もありました。ところが、今回の講演でウォーシュ議長は「基調的インフレ率を計測する際、賃金上昇率は先々のインフレ率を予想するうえであまり頼りにならないことが多かった」と述べたのです。
- 確かに、賃金と物価はセットで議論されることが多い印象です。
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「ウォーシュ議長は利上げを避けたいのではないか」と見る市場関係者にとっては、意外な発言だったと思います。ただ、ウォーシュ議長はもともと、極端にデータ・ディペンダントな政策運営を忌避する姿勢を示していました。インフレ率を小数点第三位まで読み込んで利上げの有無を議論するような状況は、あまり建設的ではないというスタンスです。その意味では、賃金上昇率に過度な注目が集まることを予め回避しようとする発言とも解釈できます。
同じことは、金融市場で計測される予想インフレ率指標についても言えます。ウォーシュ議長は、米国の予想インフレ率が安定しており、現在はしっかりアンカーされていると述べました。しかし同時に、そうした指標は「予想インフレ率が崩れるまではしっかり安定しているように見えがちである」として、予想インフレ率が望ましい位置から動いていってしまうリスクにも言及しています。
「利上げを避けたい」のが本心であるならば、予想インフレ指標が安定している現状のみに言及することもできたでしょう。しかし、あえて「いまは予想インフレ指標が安定していても、油断はできない」と警戒感を示すことで、インフレ・ファイター的な印象を金融市場に与えたように思います。これも、データに極端に依存するスタンスに批判的なウォーシュ議長らしい発言と言えるでしょう。
- となると、政策判断において経済指標の重要性はなくなったのでしょうか。
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もちろん、極端にデータ・ディペンダントな政策運営に批判的とはいえ、データを無視した政策運営がなされるわけではないでしょう。9月4日の雇用統計、同10日のPPI(生産者物価指数)、同11日のCPI(消費者物価指数)などの内容を吟味したうえで、ウォーシュ議長は次の政策アクションを決めると見られます。統計数値が市場予想を上振れたか下振れたかだけではなく、やや長い時間軸でみたトレンドや、数字の背後に見える経済情勢の評価が決め手になるのでしょう。
その意味では、今回のジャクソンホール講演は「利上げ予告」のようなものではありませんでした。金融政策を総合判断で行おうとするウォーシュ議長のスタンスは不変です。しかし、「利上げすべき時は利上げする」ことが感じられる内容だったことを受け、金融市場では9月FOMCでの利上げ判断の現実味が増したと解釈されているのでしょう。7月FOMC後に利上げ期待が低下したのとは対照的な展開です。9月15~16日のFOMCで利上げが行われるかは、もちろん未だ確定的ではありません。しかし、ウォーシュ議長が以前よりも利上げに前向きな姿勢を示した点は確かです。
- 9月、米国が利上げする可能性を意識したほうがいいということですね。もし、実際に利上げが行われたらさらに株式市場は反応するのでしょうか。それとももう織り込まれていますか。
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先にも述べた通り、今回の講演は「利上げ予告」のようなものではありませんでした。金融市場も、9月利上げを完全に織り込んだ状態には程遠いと思います。ウォーシュ議長以外のFOMC投票メンバーの意見などに目配りしつつ、FOMC当日を迎える必要があるでしょう。9月FOMCで利上げ判断に至らなかったとしても、最近の原材料価格の高騰がインフレ率を再加速させるリスクもあります。そうなった場合には、10月以降のFOMCで利上げ判断が下されるかもしれません。
もっとも、例えば中東情勢が落ち着けば、先々のインフレ期待が上がらないことを見越して先々の利上げ期待が剥落するかもしれません。なお、野村證券は年内の政策金利の据え置きを引き続き予想しています。
日銀の9月利上げ観測は強まるか
- 日本銀行(日銀)はどのような政策を打ち出してくるでしょうか。
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ウォーシュ議長講演を受けて、FRBの政策スタンスの見通しが少し改善しました。不測の事態が発生しなければ、日銀も追加利上げに向けたコミュニケーションを強化する可能性があります。G20財務相・中央銀行総裁会議での植田和男総裁発言、9月1日の高田創委員による講演、同10日の増一行委員による講演、そしてその他メディア報道などにしっかりアンテナを張りたいところです。
- 日銀の利上げと米国の「タカ派」化によって、為替相場はどうなりそうでしょうか。
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もともと日銀の9月利上げが織り込まれる中でも、円高米ドル安はそれほど進みませんでした。金利差で、どこまで円高になるかは予想しづらい局面です。仮に、9月に日銀が25bp(ベーシスポイント)利上げするだけでは、それほど円高にならない可能性もあるのではないでしょうか。逆に、米国が何度も利上げする姿勢でなければ、1回の利上げで円安米ドル高がどんどん進むというわけでもないでしょう。
日銀が金融市場にショックを与えるような厳しい「タカ派」スタンスを示す可能性は限定的とみています。ただ、日米の協調為替介入の取り組みなどもありましたし、インフレ目標実現の観点で円安米ドル高への対応をしっかり行いつつ、全体としてグローバル金融市場の安定を維持できるような政策スタンスを示すことが日銀には必要になるでしょう。単なる25bps利上げにとどまるのか、それとも別の政策手段(コミュニケーションやオペレーションなど)も組み合わせてくるのか、注目ですね。
- 野村證券 市場戦略リサーチ部 チーフ・マーケット・エコノミスト
岡崎 康平 - 2009年に野村證券入社。シカゴ大学ハリス公共政策大学院に留学し、Master of Public Policyの学位を取得(2016年)。日本経済担当エコノミスト、内閣府出向、日本経済調査グループ・グループリーダーなどを経て、2024年8月から、市場戦略リサーチ部マクロ・ストラテジーグループにて、チーフ・マーケット・エコノミスト(現職)を務める。日本株投資への含意を念頭に置きながら、日本経済・世界経済の分析を幅広く担当。共著書に『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(日本経済新聞社)がある。
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