2026.08.10 NEW
日米が協調為替介入、円安抑止には3つの当局対応か 追加介入、日銀利上げ加速、債券市場安定化策 野村證券・後藤祐二朗
撮影/タナカヨシトモ(人物)
日本と米国の両政府は7月31日、日米協調による円買い為替介入を実施しました。米国が口先によるけん制ではなく実弾介入で日本を全面的に支援したことにより、市場が想定する日本銀行(日銀)の利上げシナリオは大きく変化してきました。本記事では、協調介入実施の影響と今後の為替の見通しについて、野村證券チーフ為替ストラテジストの後藤祐二朗が解説します。
米ドル円、上昇圧力後退で155~160円レンジに移行の可能性
日米協調介入により米ドル円の上昇圧力は後退し、一旦は155~160円レンジに移行する可能性があります。目先は追加介入の有無に加え、米重要指標を受けた利上げ期待の変化や中東情勢も、米ドル円相場の焦点となります。米ドル円が再び160円台を回復するか、155円割れに向けて再調整に向かうかを占う上では、本邦当局の対応が重要です。以下、詳しくみていきます。
日米協調介入を受けて米ドル円上昇圧力は後退
米ドル円相場は7月30日に163円台から一時158円割れまで急落し、8月3日には155円台前半まで調整しました。3日に片山さつき財務相が談話を発表し、「米国東部時間7月31日(金)、日本国財務省は、米国財務省と協調して円買い介入を実施した」と公表しています。同時にベッセント米財務長官もSNSで円買いの協調介入を行ったことを明確にしており、日米協調介入により円安米ドル高に歯止めが掛けられたかたちです。
為替市場では、日米当局によるさらなる介入の可能性が警戒されていますが、日銀当座預金の動きからは、今週に入って追加的な介入が発動されたかどうかは不透明です。米ドル円相場は158円台半ばまでじり高となっており、一旦は155~160円レンジへ移行する可能性が意識されやすいでしょう。8月7日発表の7月米雇用統計の下振れを受け、9月FOMC(米連邦公開市場委員会)への利上げ期待は低下しました。中東情勢も引き続き重要な材料となります。
(出所)ブルームバーグより野村證券市場戦略リサーチ部作成
米ドル円相場が再び円安基調に回帰して160円台を回復するか、155円割れに向けて再調整に向かうかを占う上では、本邦当局の対応も重要です。具体的には、1)米国を含めた追加的な介入の可能性、2)日銀の利上げペース、3)債券市場安定化に向けた対応が注目されます。
焦点となる本邦当局の対応:1)追加的な介入の可能性
現段階では、本邦当局が介入に使用した金額は未公表ですが、日銀当座預金の動向からは、7月30~31日にかけて累計12兆円程度を使用した可能性が示唆され、8月3日にも2兆円程度の円買いが行われた可能性があります。7月末時点(直近の介入が反映される前の時点)で日本が保有する外貨準備は1.287兆米ドル(209兆円)に上り、このうち預金が1,623億米ドル(26兆円)を占め、短期証券の残高も2,828億米ドル(46兆円)と推計されます。
(注)外貨準備の短期証券の残高は、2026年7月末時点の外貨準備上の証券残高に、2024年度末時点における満期1年以下の外貨証券比率(30.3%)を乗じて算出。当月償還分は毎月の償還額が年間を通じて一定と仮定して算出。満期1年超の外貨証券の10%は、2026年7月末の外貨準備データと2024年度末の満期1年超の外貨証券比率を乗じて算出。
(出所)マクロボンド、財務省より野村證券市場戦略リサーチ部作成
日米当局は、日本が保有する米国債を担保に米ドルを調達することを可能とするFRB(米連邦準備理事会)の「外国・国際通貨当局向け(FIMA)レポ・ファシリティ」の活用にも言及しており、米国債市場に影響を及ぼすことなく本邦当局が介入を持続することは十分可能と言えます。
ベッセント財務長官は8月4日、追加介入の可能性を問われた際に、「米経済や米国の納税者の利益にかない、世界経済の安定化にもつながる形であれば、日本を支えるために必要なことは何でもする」と発言しています。7月31日の協調介入はユーロ売り・円買いでの介入だったとみられますが、4日の日本経済新聞は、米政府高官の「(米ドル売り介入も含め)あらゆる選択肢を排除しない」との発言を報じました。強い米ドル政策に対する市場の見方が変化する可能性や、それによる米債市場への影響懸念などから、米当局は対ユーロでの円買いに動いたとみられますが、米ドル売りでの円買い介入に踏み切るようだと、市場心理への影響が一段と大きくなり得るため、注目したいところです。
米国の支援が明確な中、本邦当局による介入の持続性は高いとみていますが、IMF(国際通貨基金)による通貨制度の分類基準や米債市場に及ぼす影響、米国側のユーロ売り余力といった材料から、市場の一部では介入の持続性への疑念も燻っている印象です。米ドル円が160円に接近した際に、早期に介入が再発動され、介入の持続性や余力への懸念が低下するか注目されます。
焦点となる本邦当局の対応:2)日銀の追加利上げペース
ベッセント財務長官は8月4日のCNBCとのインタビューにおいて、「介入によって市場にシグナルを送ることはできても、相場の流れを変えるのは政策」と発言し、植田和男日銀総裁の名前に言及した上で「必要なことを実行すると信じている」と述べました。米当局から日銀の利上げ加速を求める姿勢は明確と言えます。日銀の7月会合後には三村淳財務官も「今後とも金融政策と緊密に連動しながら対応したい」と発言しており、本邦当局も日銀の利上げを求める姿勢と言えます。
日銀も7月会合で、為替相場次第で利上げのタイミングやペースを調整する姿勢を示しており、本邦金融政策の為替感応度は高まっているでしょう。日銀としては、日米の政治的な影響によって利上げペースを加速させるといった印象は回避したいとみられますが、従前から2026年度下期には物価安定目標を達成する可能性を意識してきた面もあります。現段階では、既往の利上げによる景気下振れリスクの顕在化もみられず、ファンダメンタルズの観点からも、利上げペースの加速は正当化しやすい局面と言えます。
市場はすでに9月利上げの可能性を6割程度織り込んでおり、9月利上げのコンセンサス化が一気に進んでいます。もっとも、四半期に一度程度の利上げペースへの加速がみられるようだと、2027年に向けたインフレ上振れリスクは低下し、市場のビハインド・ザ・カーブ(金融政策が後手に回ること)懸念の後退につながるでしょう。長期債や超長期債といった日本国債の需要増加につながり、円売り圧力の減退につながり得るため、9月利上げの確度が一段と高まるか注目したいところです。
(注)市場織り込みはOIS(オーバーナイト・インデックス・スワップ)市場による。
(出所)ブルームバーグより野村證券市場戦略リサーチ部作成
焦点となる本邦当局の対応:3)債券市場安定化策
ベッセント財務長官は、円買い介入への協調の理由として「円相場の安定は、米国にとってだけではなく、地域全体にとっても非常に重要」と発言していますが、米側としても、円安是正による競争力の回復に加え、米債市場の不安定化の回避といったメリットが意識されているでしょう。昨年来の円安局面が日本の債券市場の不安定化と並行して生じていることからも、本邦当局による債券市場安定化に向けた動きが重要となります。
食料品向け消費税減税は8月5日に閣議決定されましたが、財源については不透明感が大きくなっています。片山さつき財務相は、財源の決着は「12月第2週ごろ」と発言しており、減税を考慮した上で、新年度予算における国債発行額がどの程度抑制されるかが焦点となります。また、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を中心とした年金勢による国内投資の増加や、個人向け国債のNISA(少額投資非課税制度)への組み入れといった議論が進むかどうかも、年末に向けた注目材料となるでしょう。
- 野村證券 市場戦略リサーチ部 チーフ為替ストラテジスト
後藤 祐二朗 - 為替相場のリサーチ・ストラテジーを担当。8年半にわたるニューヨーク・ロンドン駐在時には海外ヘッジファンド向けを中心としたドル円ストラテジー、日米欧の資本フロー分析、日本及び欧州の金融政策及びマクロ分析を担う。2002年に野村総合研究所に入社、2004年に野村證券への転籍を経て、2011年以降は海外拠点にて外国人投資家向けの情報提供を中心に活動。2019年8月より現職。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。
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