2026.10.06 NEW
日銀短観から見える物価の頭打ち感 企業の積極的な価格転嫁姿勢に変化の兆しか 野村證券・岩下真理
撮影/タナカヨシトモ(人物)
日本の長期金利が3%台に到達し、約30年ぶりの高水準で推移しています。日本銀行は2026年9月の金融政策決定会合で0.25%の追加利上げを決定しましたが、今後、物価や為替はどのように推移するのでしょうか。日銀短観で示された内容などを踏まえ、野村證券エグゼクティブ金利ストラテジストの岩下真理が詳しく解説します。
日銀短観・9月調査、大企業製造業にAI関連需要の強さ
10月1日発表の日銀短観・9月調査は、回答基準日が9月9日で7割程度が回答しました。中東情勢が不透明なもと、大企業の業況判断DIは製造業が6四半期連続の改善に対して、非製造業が5四半期ぶりの悪化と、明暗が分かれました。
(注)シャドー部分は景気後退期。
(出所)日本銀行資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
大企業製造業ではAI・半導体需要を背景に企業収益や設備投資が好調で景況感を8年半ぶりの水準に押し上げました。素材業種は、コスト増を価格転嫁することで底堅さを維持しました。一方の非製造業では、物価高による節約志向に加え、豪雨や地震などの要因も重荷となり、宿泊・飲食サービス、小売の悪化が足を引っ張りました。先行きは、景況感のレベルが高いときにはよくあることとは言え、製造業、非製造業ともに悪化見通しです。設備投資計画は、例年通りのパターンで、大企業は若干の下方修正、中小企業は上方修正です。2025年度と似たような動きとなっています。
(注)全産業・全規模。設備投資計画は土地投資額含むベースを用いる。
(出所)日本銀行資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
販売価格判断DI、企業の物価見通しに頭打ち感
今回9月短観の特徴の1つは、企業の価格転嫁の動きを示す販売価格判断DIが、大企業製造業では足元、先行きともに横ばい見通しで、頭打ちする姿となったことです。これが企業の積極的な価格転嫁姿勢の変化の兆しなのかどうか、企業ヒアリングや12月短観で確認が必要な項目になったと言えます。
(出所)日本銀行資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
他方、賃金と物価の相互作用を確認する上では、企業の物価見通しは、全規模・全産業で1年後と5年後が0.1%幅の低下となり、上昇の動きが止まりました。
(注)値は全産業・全規模。
(出所)日本銀行資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
インフレ期待を2%にアンカーさせたい日銀にとっては、2%台後半の高止まり状態からの変化は、注意しなければいけない動きのはずです。販売価格判断DI、企業物価見通しのいずれにおいても、物価上振れの勢いが一服する兆しのデータとなりました。これが回答基準日の関係で足元の原油高が十分に織り込まれていないのか、値上げの秋による値上げ疲れの症状なのか、まだ判断材料を揃えていく時間が必要でしょう。筆者は10~11月に、来年1-3月期の値上げ報道がどの程度出ていくかが、重要な判断材料になると考えています。
金融緩和度合いの評価、貸出関連の統計
短観分析の最後は、日銀が金融環境の判断で重視する貸出関連の指標です。金融機関の貸出態度判断DI、企業の資金繰り判断DIはいずれも大きな変化は生じていません。ただし利上げにより、借入金利水準判断DIは大幅に上昇しています。その累積的な影響については、企業ヒアリングでしっかり点検していくことになるでしょう。また政策金利1.25%の影響を見極める上では、次回12月14日発表の12月調査の短観の確認が必要となります。
今後の注目点、材料が目白押し
9月29日にウィリアムズNY連銀総裁が、「性急に行動する必要はない」と発言したことを受けて、米10月利上げ観測が後退したことに伴い、日銀の連続利上げ観測も和らぎました。米国要因による米ドル高一服により、米ドル円は一時157円割れと円安が止まったことも、日銀が焦る必要はないと受け止められた一因になったようです。しかしながら、10月1日発表の9月会合の「主な意見」と9月短観を受けて、米ドル円は再び158円台に戻しました。筆者は、米国要因の米ドル高、米国の利上げ局面が続く間は、なかなか円安圧力は払拭されないとみています。なお、9月短観の輸出企業の想定為替レート(大企業・製造業)は、2026年度下期で1米ドル=153.45円でした。
2026年度下期入りの1日時点において、市場の日銀利上げ確率の織り込み(累積)は、10月が18%、12月が100%、1月が1.4回、3月が1.9回、4月が2.2回です。市場は、年度内は3ヶ月に1回ペース以上での利上げ継続を織り込んでいます。
(注)太線は展望レポートが公表される会合を示す。
(出所)ブルームバーグより野村證券市場戦略リサーチ部作成
その一方で、ターミナルレート期待の代理変数は、夏場に一気に上昇した後、高止まり状態のままです。筆者は、物価の前年比がピークアウトするまで、市場のインフレ警戒は燻り続けるとみています。それまでの間、ターミナルレート期待も高位にとどまり、やや行き過ぎと思われる水準が調整されるのも、なかなか難しいように思われます。
(出所)ブルームバーグより野村證券市場戦略リサーチ部作成
日銀が7月以降、物価上振れリスクの点検の一つに為替動向を挙げたこともあり、為替次第で利上げ織り込み確率が変動する姿は、まるで日本がアジア新興国になったかのようだと揶揄する向きもあります。しかしながら、9月に日米欧が同時利上げしたように、AI需要の強さと原油高は三極共通ですが、日本はこれに為替(米ドル円)の条件が加わっています。言い方を換えれば、日銀は政策運営を進める上で、反応の大きい為替市場に向けて、わかりやすい説明を根気良く続ける努力も必要となるでしょう。
- 野村證券市場戦略リサーチ部 エグゼクティブ金利ストラテジスト
岩下 真理 - 1988年太陽神戸銀行(現三井住友銀行)入行、市場部門で国内経済・円金利担当のエコノミストを経験。2007年4月から大和証券SMBCで日銀ウォッチャーを担当。その後、SMBC日興証券、大和証券でチーフマーケットエコノミストを経て、2025年5月から野村證券で円金利ストラテジスト業務に従事。財務省「国の債務管理に関する研究会」メンバー、景気循環学会常務理事を務める。仕事のモットーは3つ。(1)世界地図の上で物事を考えること、(2)ホットで付加価値のある情報提供と分析、(3)わかりやすく楽しい経済・相場解説。アネクドータルな情報収集に加え、経験値と好奇心のフル稼働で潮目の変化を読み解く。趣味は世界遺産巡りで、パンダ好き。
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